ローテンブルク(ヴュンメ)郡
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| 紋章 | 地図 (郡の位置) |
|---|---|
| 基本情報 | |
| 連邦州: | ニーダーザクセン州 |
| 郡庁所在地: | ローテンブルク |
| 緯度経度: | 北緯53度15分00秒 東経09度18分36秒 / 北緯53.25000度 東経9.31000度座標: 北緯53度15分00秒 東経09度18分36秒 / 北緯53.25000度 東経9.31000度 |
| 面積: | 2,074.77 km2 |
| 人口: |
165,904人(2024年12月31日現在) [1] |
| 人口密度: | 80 人/km2 |
| 自治体コード: |
03 3 57 |
| 郡の構成: | 57 市町村 |
| 行政庁舎の住所: | Hopfengarten 2 27356 Rotenburg (Wümme) |
| ウェブサイト: | lk-row.de |
| 郡長: | Marco Prietz (マルコ・プリーツ) |
| 州内の位置 | |
| 地図 | |
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ローテンブルク(ヴュンメ)郡 (ドイツ語: Landkreis Rotenburg (Wümme)) は、ドイツ連邦共和国ニーダーザクセン州に属す郡で、同州の北東部、ブレーメン、ブレーマーハーフェン、ハノーファー、ハンブルクの中間に位置する。本郡は、西はフェルデン郡、オスターホルツ郡、クックスハーフェン郡、北はシュターデ郡、東はハールブルク郡、南東から南はハイデクライス郡と境を接する。現在の郡は1977年に旧ブレマーフェルデ郡と旧ローテンブルク郡が合併して成立した。旧ローテンブルク郡は1969年5月15日まではローテンブルク・イン・ハノーファー、略して Rotenburg (Hann.) と呼ばれており、ナンバープレートや郡の略号は「ROH」が使われていた。現在のそれは「ROW」である。
広域都市圏
郡域の南東部はリューネブルガー・ハイデに面し、南西部はヴュンメ川沿いの低地に位置する。北部はオステ川の低地とトイフェルスモーアと呼ばれる地方に位置している。
本郡はハンブルク大都市圏に属す。しかし、西部地域、特にザムトゲマインデ・ゾットルム、ザムトゲマインデ・タルムシュテット、ザムトゲマインデ・ゲーステクヴェレ、キルヒヴァルゼーデ、グナレンブルクおよびフィッセルヘーヴェデといった地域は、ブレーメンやブレーマーハーフェンへ通勤する傾向が強い。
歴史
歴史的に、本郡の中核部はブレーメン聖堂参事会領とフェルデン聖堂参事会領とから形成された。宗教改革後、両領域は世俗領主の所領となった。初めはデンマーク領、次いでスウェーデン領となった。18世紀までにこの領域は、後のハノーファー王国の一部となった。現在のローテンブルク郡は1977年8月1日に旧ローテンブルク郡とブレーマーフェルデ郡が合併して成立した。後者は1932年以降旧ブレーマーフェルデ郡とツェーフェン郡とを包含していた。第二次世界大戦後、旧ローテンブルク郡はアンガーブルク郡(東プロイセン)に対する庇護援助関係を結び、旧ブレーマーフェルデン郡はシュトゥーム郡(西プロイセン)に対する庇護援助関係を締結した。郡域再編後は、現在のローテンブルク郡が両者を引き受けた。
行政
郡域連合
文化財保護のためのシュターデ郡域連合が設立されている。
経済と社会資本
郡域内には製造業(セメント製造、車体製造)、農業、林業、およびサービス業が主要な産業である。また、ヴュンメ川低地やリューネブルガー・ハイデ西部での田舎ツアー(乗馬、水辺散策、狩)も重要である。さらには、ローテンブルク(ヴュンメ)ディアコニー病院や障害者施設「ローテンブルガー・ヴェルケ」も重要である。この他にはブレーマーフェルデとツェーフェンに病院がある。
交通
1873年に開通した鉄道ユルツェン - ラングヴェーデル線のフィッセルヘーヴェデ駅が郡内最初の鉄道駅である。
その1年後には、ケルン - ミンデン鉄道会社のハンブルク - ブレーメン本線が運行された。この路線沿いの郡庁所在地ローテンブルク (ヴュンメ)の駅は、1906年にフィッセルヘーヴェデからツェーフェンへのプロイセン国営鉄道との乗換駅となった。プロイセン国営鉄道はその後ブレーマーハーフェンまで延長された。
1928年になるとドイツ帝国鉄道がローテンブルク - フェルデン線の運行を開始した。プロイセン国営鉄道はフィッセルヘーヴェデからヴァルスローデへの支線を開通させた。
旧郡庁所在地のブレーマーフェルデは1898年から99年にプロイセン国営鉄道によってブレーマーハーフェンと、反対側はシュターデと結ばれた。1902年には、この路線からハルゼフェルトやブーフホルツへの支線が設けられた。1909年にはブレーマーフェルデ - オスターホルツ軽便鉄道 GmbH が設立された。
1917年にツェーフェンでプロイセン国営鉄道と交差するヴィルシュテット - ツェーフェン - トーシュテット軽便鉄道が運行を始めた。また、1900年にブレーメン - ハノーファー軽便鉄道がタルムシュテットからブレーメン行きの狭軌鉄道を開通させた。両者は1927年にタルムシュテット東駅で接続し、乗り換え無しで往来できるようになった。これにより郡内の鉄道網の総延長は256kmとなった。
これらの鉄道網の大部分は1992年にエルベ=ヴェーザー鉄道・交通会社 GmbH に統合された。この時ローテンブルク郡内の路線の総距離は160kmであった。当時すでに多くの路線 (163km) が旅客運行を廃止していた。
- 1956年 ブレーメン公園駅 - タルムシュテット - タルムシュテット東 (3km)
- 1958年 ローテンブルク - ブロッケル - フィッセルヘーヴェデ (24km)
- 1964年 ヴィルシュテット - タルムシュテット - ツェーフェン南 (26km)
- 1968年 ハルゼフェルト - ヘーゼドルフ (4km)
- 1968年 ブレーマーフェルデ - ツェーフェン - ローテンブルク (50km)
- 1971年 ツェーフェン - ジッテンゼン - ヘルヴィヒスホーフ - トーシュテット (26km)
- 1978年 ブレーマーフェルデ - グナレンブルク - オスターホルツ=シャルムベック (23km)
- 1980年 フィッセルヘーヴェデ - コルディンゲン - ヴァルスローデ (3km)
- 1993年 シュターデ - ヘーゼドルフ (4km)
一部が再開後の旅客鉄道の営業距離は123kmで、このうち33kmがモーアエクスプレスによる。
宗教
本郡の郡域は伝統的にプロテスタント・ルター派が有力である。その教会組織はハノーファー地方教会に属す。第二次世界大戦後に、特にシュレジエンやエルムラントからの多くの難民流入、南ドイツや西ドイツ各地からの移住、南欧からの出稼ぎ労働者、中欧や東欧からの移住によりカトリック信者が増加した。カトリック教会組織はヒルデスハイム司教区に属す。近年、大量の教会離脱者があったことから、カトリック、プロテスタントの両教会は組織改革を余儀なくせられた。たとえば、カトリックのローテンブルクとツェーフェンの教会組織は「ローテンブルク=ツェーフェン司牧会」として統合され、フィッセルヘーヴェデのヘルツ=イェズ教会は隣接するゾルタウ=ファリングボステル郡(当時。現在のハイデクライス郡)の組織と合併した。郡内には、その他にイスラム教徒や自由教会、エホバの証人の信者もいる。
文化と見所
本郡には3つのユダヤ人墓地がある: ブレーマーフェルデ、ローテンブルク(ヴュンメ)、ツェーフェンにある[2]。これらは保護文化財に指定されている。

