ローマ殉教録

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ローマ殉教録(ローマじゅんきょうろく、ラテン語: Martyrologium Romanum)は、カトリック教会の公式の殉教録である。ローマ典礼における典礼上の事項では使用が義務づけられているが、教区、国、修道会は、正式な承認を受けた付録を加えることができる[1]。同書には、教会が認めた聖人が広く収録されているが、網羅的ではない[2]

1582年、教皇グレゴリウス13世ユリウス暦の改訂を命じ、後にグレゴリオ暦と呼ばれる新しい暦法を定めた。『ローマ殉教録』は1583年に初めて刊行され、同年中に第2版も出た。1584年の第3版は、ローマ典礼を用いるすべての地域で使用が義務づけられた[3]

主な典拠はウスアルドゥスの殉教録であり、これに教皇グレゴリウス1世の『対話』や一部の教父の著作が補われた。ギリシアの聖人については、シルレトゥスの『メノロギオン』として知られる目録が用いられた[3][4]。その起源は『ヒエロニムス殉教録』にまでさかのぼる。同書はもともとローマ、アフリカ、シリアに由来する暦を基にしていたが、後に他地域の多くの聖人名が徐々に加えられた。その結果、重複、別人の聖人を一人とみなす混同、その他の誤りが生じた[5]

その後まもなく、1586年と1589年には、カエサル・バロニウスによる訂正と典拠の注記を加えた改訂版が刊行された。1630年には教皇ウルバヌス8世が新しい版を刊行した[3]。1748年には教皇ベネディクトゥス14世による改訂版が出た。ベネディクトゥス14世は自ら訂正作業に関わり、アレクサンドリアのクレメンススルピキウス・セウェルスのように一部の名を削除した一方で、教皇シリキウスのように異議のあった名は残した。それ以後、2001年版までの変更は小規模で、いくつかの訂正のほかは、主として新たに列聖された聖人名の追加であった。

近年の展開

第2バチカン公会議は、「殉教の記述および聖人伝は、歴史的事実に合致するものでなければならない」と定めた[6]。改訂には長年の研究を要し、その後、全面的に改訂されたラテン語版『ローマ殉教録』(Martyrologium Romanum)が2001年に刊行された[7]。2004年には、2001年版のいくつかの誤植を訂正し、2001年から2004年までに列聖または列福された117人を加えた改訂版が刊行された。前版に含まれていなかった多くの古代の聖人も追加された[8]。「更新された殉教録には、教会によって現在崇敬され、その崇敬が公式に認められ、信徒に模範として示されている7,000人の聖人および福者が含まれる」とされる[9][10]

ローマ典礼における使用

公認された聖人および福者の公式一覧として、『ローマ殉教録』に記載された聖人・福者については、次のような形で典礼上の扱いが認められる。

  • 任意の記念を行うことが許される平日において、相当な理由がある場合、その日に殉教録に記載されている任意の聖人のミサおよび聖務日課を行うことができる[11]
  • 教会堂を聖人に献堂すること、またはある場所の守護聖人として聖人を選ぶことができる[12]

列福者を記念できるのは、原則として、その人物の崇敬が認可されている教区または修道会に限られる。ただし、聖座から特別の許可を得た場合はこの限りではない[13]

殉教録朗読の儀式

殉教録の各日付の項目は、その前日に朗読される[14]。聖歌隊席での朗読が推奨されるが、それ以外の方法でもよい[15]神学校や類似の施設では、その日の主要な食事の後に朗読することが伝統的に行われてきた。

第2バチカン公会議以前の典礼では、また『トラディティオニス・クストデス』と関連する教皇文書によって認められた1962年の典礼書を用いる場合には、殉教録は一時課で朗読される。第2バチカン公会議後の形式で殉教録を朗読する場合は、通常、一時課に先立つ朝の祈りの結びの祈願の後に行われる。

殉教録が教会の祈りの外で、たとえば修道院の食堂で読まれる場合、朗読は日付の告知から始まり、任意で月相の告知を加えることができる。続いて殉教録本文が朗読され、詩篇116篇に由来する先唱句「主の目に尊いもの、それは主の聖なる者たちの死である」(ラテン語: Pretiosa in conspectu Domini – Mors Sanctorum eius)で終わる。短い聖書朗読を続けることもでき、その場合、朗読者は「主のみことば」(ラテン語: Verbum Domini)で結び、参列者は「神に感謝」(ラテン語: Deo gratias)と応答する。次に、殉教録に示された祈願を唱え、祝福と解散で終える[16]

殉教録が教会の祈りの中で読まれる場合も同じ形式を用いるが、任意の聖書朗読は省かれる[17]

特別規定

殉教録の朗読は、聖なる過越の三日間、すなわち聖木曜日聖金曜日聖土曜日には完全に省略される。この期間には、聖金曜日、聖土曜日、復活の主日の聖人の記念は行われない[18]

典礼暦の特定の日には、聖人の記念の前後に特別な告知を加える[19]

  • クリスマス・イヴには、「キリスト降誕の宣言」または「カレンダ」としても知られる長い告知[20][21]が、12月25日の聖人一覧およびミサに先立って行われる。
  • 復活の主日には、聖なる過越の三日間に殉教録が読まれないため、翌日である復活祭月曜日の聖人に先立って、キリストの復活の宣言が行われる。

関連項目

脚注

外部リンク

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