ン・バンラ
From Wikipedia, the free encyclopedia
小学校にしか通っておらず、10代のうちにKIO/Aに入隊した[3]。
2001年、翡翠、金、琥珀などの天然資源からの利権を独占していたとされる当時のKIO議長マリズップ・ゾーマイを、当時副議長兼KIA参謀長だったン・バンラを中心とする勢力が放逐し、ラムン・トゥ・ジャイが新議長に就任した[4]。
2004年には、ン・バンラを排除し、KIO情報部長だったラサン・アウン・ワ(Lasang Aung Wa)を新たな指導者に据える計画が進められていたが、ン・バンラ側がこれを事前にこれを察知し、鎮圧した[5]。
これらのことにより、ン・バンラは部下からKIO/Aの救世主、守護者として称賛され、リーダーとして頭角を現した[5]。
2011年、政府との和平交渉を推進する少数民族武装勢力の連合体・統一民族連邦評議会(UNFC)が設立された際は、議長に就任。2013年には来日して、安倍晋三総理を表敬訪問した[6]。
2018年、第6代KIO議長に就任[3]。2021年ミャンマークーデター後も、ミャンマー軍(国軍)に対する対決姿勢を鮮明にしている[7]。
