七星郡 From Wikipedia, the free encyclopedia 七星郡(しちせいぐん)は日本統治時代の台湾に存在した行政区画の一つであり、台北州に属した。 七星郡の地図(1932年) 概要 七星郡の名称は七星山が区域内に位置したことによる。 消滅時に下部に汐止街(中国語版)、士林街、北投街、内湖庄(中国語版)を管轄していた。ほかに、平渓庄(中国語版)は1932年に基隆郡に、松山庄(中国語版)は1938年に台北市に編入されている。現在の行政区画は台北市士林区、北投区、内湖区、南港区と、新北市汐止区である。 歴史 1945年、中華民国に台湾の統治権が移管されると、七星郡は台北県七星区と改称された。1947年には七星区は廃止、汐止、士林、北投、内湖は台北県淡水区に編入された。1949年に士林、北投は陽明山管理局に移管された。1967年に陽明山管理局、内湖、南港(1946年に内湖より分割)は台北市に編入され、1999年に汐止は台北県の県轄市に昇格した。 歴代首長 郡守 旧七星郡役所(中国語版) 館与吉[1] 石川定俊[2]:1924年10月[3] - 河野博通[4] 佐治孝徳[5] 佐佐木金太郎[6] 曽根原弘[7] 佐藤勝也[8] 河合豪介[9] 鳥海剛[10]:1937年11月[11] - 久保庄太夫[12] 赤堀正雄[13] 脚注 [脚注の使い方] [1]『台湾総督府職員録 大正9年12月』、149頁。 [2]『台湾総督府及所属官署職員録 大正14年』、234頁。 [3]帝国秘密探偵社 1943, 海外3頁. [4]『台湾総督府及所属官署職員録 大正15年』、243頁。 [5]『台湾総督府及所属官署職員録 昭和2年』、254頁。 [6]『台湾総督府及所属官署職員録 昭和4年』、289頁。 [7]『台湾総督府及所属官署職員録 昭和6年』、322頁。 [8]『台湾総督府及所属官署職員録 昭和7年』、321頁。 [9]『台湾総督府及所属官署職員録 昭和11年』、380頁。 [10]『台湾総督府及所属官署職員録 昭和13年』、432頁。 [11]太田 1940, 176頁. [12]『台湾総督府及所属官署職員録 昭和16年』、412頁。 [13]『台湾総督府及所属官署職員録 昭和19年』、33頁。 参考文献 太田肥州 編『新台湾を支配する人物と産業史』台湾評論社、1940年。http://mhdb.mh.sinica.edu.tw/mhpeople/bookImage.php?book=SS。 帝国秘密探偵社 編『大衆人事録 第14版 外地・満支・海外篇』帝国秘密探偵社、1943年。https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1230025。この項目は、歴史に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:歴史/P:歴史学/PJ歴史)。表示編集 Related Articles