七海映子
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1981年春、高校に入学してすぐにタレント養成所に入所し、約2年間レッスン生として勉強をしつつテレビドラマや映画のエキストラ、舞台経験を積むが、高校3年生のときに退所。
2008年1月、インターナショナルメディア学院に入所し、同年4月にIAMエージェンシー所属となる。
2010年11月にIAMエージェンシーを退所、2011年7月にMILLENNIUM PRO所属となる。
役者としての活動以外にはワークショップの演技講師や朗読劇の脚本・演出も手掛けている。
人物
幼稚園の頃の将来の夢は「カラスになって空を飛ぶ」だったと母親談。人形遊びなどはほとんどせず、ミニカーやプラレールがお気に入りの玩具だった。幼少期より演じることが好きで、自宅で好きなアニメキャラを描きながら一人でセリフを喋っていたという。小学校では人形劇クラブ、放送委員会、中学校では演劇部で活動していた[3]。
高校生のときに入所したタレント養成所も大学受験を目前にして親の反対を受け、泣く泣く退所することとなる[3]。その頃に発症した強迫性障害がきっかけで、短大では心理学を専攻。卒業後に社会福祉系の大学へ再入学した[4]。
卒業後はモータースポーツ系の企業へ就職し、のちに4tトラックドライバーとして日本全国走り回る[5]などアクティブな一面も持ち合わせている。当時愛車だったトラックはいすゞFORWARDMAX[6]で愛称をアルテミスとしていた[7]。20代の頃には原付で四国一周、400ccのバイクで九州一周[8]、普通免許取得後は乗用車を乗り回し、1年間で約7万km走行した。
アルバイト経験も豊富で列車の車内販売、コンビニ、パチンコ店、ビアホール、百貨店の電話交換手、コールセンターなど多岐に渡っている。
42歳にして昔の夢を諦めきれず、心機一転声優養成所へ飛び込み、遅いスタートというリスクもそれまでの人生経験という武器ではねのけ、芸能界デビューを果たした。
趣味は一人居酒屋めぐり、一人旅。日本国内では沖縄県以外すべて訪れている。娯楽として時々パチスロに興じる。