三ツ境
横浜市瀬谷区の町
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地理
歴史
沿革
かつての鎌倉郡阿久和村の一部で、1889年(明治22年)4月1日に周辺の村と合併、中川村大字阿久和となる。1939年(昭和14年)に横浜市に編入され、戸塚区阿久和町の一部となった。1962年(昭和37年)5月1日、町界町名地番整理事業の施行により阿久和町から三ツ境を新設。1969年(昭和44年)10月1日、戸塚区から瀬谷区を新設し、瀬谷区三ツ境となる。1979年(昭和54年)6月24日、二ツ橋町との境界を変更し、現在に至る。[7]。
町名の由来
かつて二俣川村・都岡村川井分・中川村阿久和分の三村の境であったことに由来するという説のほか、境は橋が転訛した、旭区東希望が丘にある長楽寺の密教に関係するなど諸説ある[8][9]。
世帯数と人口
学区
市立小・中学校に通う場合、学区は以下の通りとなる(2024年11月時点)[16]。
| 番地 | 小学校 | 中学校 |
|---|---|---|
| 1〜85番地 87〜92番地 97〜177番地 | 横浜市立三ツ境小学校 | 横浜市立原中学校 |
| 86番地 93〜96番地 | 横浜市立原小学校 |
事業所
施設
その他
参考資料
- “横浜市町区域要覧” (PDF). 横浜市市民局 (2016年6月). 2022年9月6日閲覧。
- 『県別マップル 神奈川県広域・詳細道路地図』2006年4刷 昭文社 ISBN 9784398626998
