三城七騎籠り
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三城城の戦い
松浦軍の撤退
西郷軍への襲撃
今道純近と大村純辰、藤崎純久、宮原純房、渡辺純綱は今道越後守ら16人を率いて城の裏門の守備にあたっており、連合軍が攻めてくると背後を押さえて完全包囲に成功した[6]。また、城主純忠に仕える富永忠重や援軍の朝長純盛は、まるで敵方の純堯軍の味方に転じたように見せかけて兵を進めると、そのまま西郷軍の総大将・尾和谷軍兵衛(馬場権平)の陣を襲撃して戦線を割った。この作戦により西郷軍は大混乱に陥り撤退した[6]。
大手の守備
後藤軍の撤退
純忠の作戦により三城城を落とす事ができなかった後藤貴明]は不利を感じて兵を引いた。こうして大村方は三城城の戦いで攻城に成功した[5][6]。
戦後
この1572年の戦いの後に、大村方に長岡純生や朝長常進なども参画し、また、いったんは貴明に付いた内応者らも、のちに純忠の元へ戻ったという[要出典]。