この峠は古名で須垂峠と呼ばれていた。[1]
1899年(明治32年)畠中三太郎が峠付近の山林を買い取り、峠の開墾を始めた。その一環として頂上に茶屋を開店させた。畠中三太郎の名に基づいて、三太郎坂と呼ばれるようになり、いつしか三太郎峠と呼ばれるようになった。
1917年(大正6年)新たな新道が完成し旧道は廃れていった。
1920年(大正9年)新道が鹿児島県道に制定された。
1921年(大正10年)2月9日 柳田國男は沖縄からの帰途に奄美大島を訪れた際に三太郎峠の茶屋へ立ち寄ったという。
1943年(昭和18年)3月6日 県道が国道特38号線の一部として制定。[2]戦後、奄美大島が日本復帰すると旧国道特38号線は国道58号に制定。
1989年(平成元年)峠下に三太郎トンネルが開通し、国道58号の旧道となった。