三日市 (黒部市)
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『郷村名義抄』には、かつては桜井と称していた旨の記述がある。近世は新川郡大布施保、加賀藩に所属していた[3]。
かつては桜井荘と呼ばれ、1670年(寛文10年)時点では村高744石の集落であったが、この地に3日ごとの市が開かれるようになったことから、三日市と呼ばれるようになった。また、北陸街道がこの地を通り、1624年(寛永元年)に愛本橋経由の上街道が接続してからは、御旅屋または本陣が整備され、駅馬19匹を常駐するなど、宿駅として発展するようになった[4]。明治時代初期の大区小区制では、三日市は第一大区小四区に属していた[5]。
かつては三日市村であったが、1889年(明治22年)には三日市町の大字となり、1940年(昭和15年)には桜井町に所属し、1954年(昭和29年)に黒部市の現行大字となる[3]。
1954年(昭和29年)4月上旬から三日市中央通りの2箇所に富山県内最大(当時)のネオン付のアーチを建設し、同年6月に完成した[6]。