吉田 (黒部市)
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1028年(長元元年)に、京都の吉田兼方の末孫法橋の次男である判官広重が、吉田右衛門と名乗り、当地に開拓したと伝えられ、村名になったと言われている[3]。
江戸期以降は新川郡大三位郷のうち。加賀藩領。明治時代初期の大区小区制では、吉田は第一大区小四区に属していた[4]。1889年(明治22年)には村椿村吉田と生地町吉田に分けられ、1940年(昭和15年)には桜井町に所属し、1954年(昭和29年)に黒部市の現行大字となる。生地町の吉田は、1954年(昭和29年)以降生地吉田となる[3]。
1957年10月には吉田工業(現・YKK)の生地工場(現・黒部事業所)が着工され[5](同工場建設により14戸の農家が移転した[6])、1958年9月以降順次稼働開始した[7]。なお、吉田工業の工場の所在地が吉田なのは偶然であり、前述の通り工場誘致に合わせて地名を改名したわけではない[5]。