三条西公時

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三条西 公時(さんじょうにし きんとき)は、南北朝時代公卿内大臣正親町三条実継の子。母は権大納言三条公明[1]の娘。内大臣に至った兄公豊とは同母兄弟である。官位従二位・権大納言。

子・実清応永13年(1406年)2月16日に死去してしまったため、兄・公豊の子で当時6歳であった公保三条西家を継がせることになる。

祖父公秀崇光院後光厳院の外祖父となったため内大臣に昇り、父実継も内大臣に、叔父実音准大臣に、と一族は大臣家の家格を固めつつあった。そうした一家の興隆を背景に、公時は分家を立てることができた。そして、後に和歌等で名をなす三条西家の始祖となったのである。

経歴

以下、『公卿補任』と『尊卑分脈』の内容に従って記述する。

系譜

脚注

参考文献

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