三林清二
From Wikipedia, the free encyclopedia
宇治山田商工では、1953年夏の甲子園予選三岐大会準決勝に進むが、梶本隆夫、安藤順三のバッテリーを擁する多治見工に敗退。
1954年に国鉄スワローズに入団。1955年7月21日に広島カープを相手に初先発、7回2/3を無失点に抑え初勝利。7月24日には大阪タイガースの西村一孔と投げ合い、初完投を果たすが0-2で敗戦投手となった。1956年には24試合に登板、うち5試合に先発している。1958年限りで引退。
長嶋茂雄にプロ入り初安打(センターオーバーの二塁打)を浴びた投手として後世に名を残している(1958年4月6日、巨人vs国鉄・ダブルヘッダー2戦目)[2]。試合後のインタビューでは「球が真ん中にいってしまった。長嶋だけには打たれたくなかった」と悔しがった[2]。青田昇(大洋時代)に通算1500安打を打たれたこともある[3]。