三林清二

From Wikipedia, the free encyclopedia

国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1936-02-09) 1936年2月9日
没年月日 (2021-03-05) 2021年3月5日(85歳没)
三林 清二
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 三重県伊勢市
生年月日 (1936-02-09) 1936年2月9日
没年月日 (2021-03-05) 2021年3月5日(85歳没)
身長
体重
173[1] cm
70[1] kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 投手
プロ入り 1954年
初出場 1954年
最終出場 1958年
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

三林 清二(みつばやし せいじ、1936年2月9日 - 2021年3月5日)は、三重県出身の元プロ野球選手。ポジションは投手

宇治山田商工では、1953年夏の甲子園予選三岐大会準決勝に進むが、梶本隆夫安藤順三のバッテリーを擁する多治見工に敗退。

1954年国鉄スワローズに入団。1955年7月21日広島カープを相手に初先発、7回2/3を無失点に抑え初勝利。7月24日には大阪タイガース西村一孔と投げ合い、初完投を果たすが0-2で敗戦投手となった。1956年には24試合に登板、うち5試合に先発している。1958年限りで引退。

長嶋茂雄にプロ入り初安打(センターオーバーの二塁打)を浴びた投手として後世に名を残している(1958年4月6日巨人vs国鉄・ダブルヘッダー2戦目)[2]。試合後のインタビューでは「球が真ん中にいってしまった。長嶋だけには打たれたくなかった」と悔しがった[2]青田昇大洋時代)に通算1500安打を打たれたこともある[3]

詳細情報

関連項目

脚注

Related Articles

Wikiwand AI