三遊亭圓之助
日本の落語家の名跡
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初代
3代目
三代目 三遊亭 圓之助(さんゆうてい えんのすけ、1929年4月25日 - 1985年4月26日)は、落語家。出囃子は『舌出し三番叟』。本名∶高橋 力。
経歴
東京都文京区大塚生まれ、元は建具職人。TBSラジオの「しろうと寄席」に出演をきっかけに玄人になる。
1956年6月に三代目三遊亭小圓朝に入門し、「三遊亭朝三」を名乗る。1959年9月、二ツ目昇進。1965年9月、真打昇進時と共に三代目三遊亭圓之助を襲名。
1980年6月脳溢血で倒れて半身不自由になり、修善寺リハビリテーションで1年間リハビリを行った。その後、公私にわたり師をサポートしていた弟子の三遊亭朝三を1984年5月に不慮の交通事故により失っている。しかし、同年8月11日の谷中・全生庵で行われた圓朝祭の「奉納落語」で『三人旅』を演じ、復帰へ向けてアピールした[1]。その後は独演会などの高座に上がっていたが、1985年4月に国立演芸場で演じた「紺屋高尾」が最後の高座となり、同26日、心筋梗塞のため、東京都練馬区の北町病院で死去した[2]。56歳没。
芸歴
人物
前座・二ツ目に貧乏暮らしをしたことからエピソードも多い、俗に「貧乏の圓之助」と呼ばれる。
『長屋の花見』『小言念仏』『大工調べ』など長屋物の噺を得意とした。没後に出版された著書に、エッセイをまとめた『はなしか稼業』がある。
家族
弟子
出演
書籍
- 『はなし家稼業』(平凡社、1993年)(平凡社ライブラリー、1999年)
