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谷中 (台東区)

東京都台東区の町名 From Wikipedia, the free encyclopedia

谷中(やなか)は、東京都台東区の地名で、旧下谷区に当たる下谷地域内である。現行行政地名は谷中一丁目から谷中七丁目。住居表示実施済区域。

概要 谷中, 国 ...
谷中
町丁
夕暮れの谷中銀座商店街入口
北緯35度43分26秒 東経139度46分06秒
国 日本の旗 日本
都道府県 東京都の旗 東京都
特別区 台東区
地域 下谷地域
人口情報(2025年(令和7年)3月1日現在[1])
 人口 8,268 人
 世帯数 4,734 世帯
面積([2])
  0.681779591 km²
人口密度 12127.09 人/km²
郵便番号 110-0001[3]
市外局番 03(東京MA)[4]
ナンバープレート 足立
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プロジェクト 日本の町・字
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概要

谷中は「寺町」と呼ばれるように、仏教の寺院が集中している古い下町である。上野戦争で罹災したものの、関東大震災の大震災の首都東京壊滅の被害や第二次世界大戦の戦災では谷中地域は被害が少なく、旧来の古い町並みがあり仏教関係の建造物が多数残されている。

早口言葉「なかなか鳴かない谷中のかなかな」に関しても有名。

地理

下谷地域の北西に位置し、文京区(千駄木・根津)・荒川区(西日暮里・東日暮里)との区境に当たる。

地価

住宅地の地価は、2025年(令和7年)1月1日の公示地価によれば、谷中2-8-14の地点で102万円/m2、谷中6-2-19の地点で90万1000円/m2となっている[5]。

歴史

旧:武蔵国豊島郡谷中村

  • 元来は山林地で、百姓地が点在する場所であった。
  • 江戸時代、上野に寛永寺が建てられると谷中にもその子院が次々と建てられる。また、幕府の政策により慶安年間(1648年 - 1651年)に神田付近から多くの寺院が移転し、明暦の大火(1657年)の後に焼失した寺院が移転してくる。寺の増加に伴い参詣客も増えると徐々に町屋も形成され、江戸の庶民の行楽地として発展する。
  • 元禄期に崖下の百姓地(主に谷中生姜を生産)を谷中本村(現在の荒川区東日暮里五・六丁目と西日暮里二丁目の各一部)として分離。崖上の寺町が谷中村となるが次第に市街地化され、一部は町地化されて谷中町、谷中三崎町(読みは「やなかさんさきちょう」)となる。この名残として、現在も荒川区西日暮里二丁目に所在する諏方神社の氏子地域となっている。
  • 政府軍と彰義隊による上野戦争(1868年)で多くの寺院が焼失する。1869年(明治2年)から1872年(明治5年)にかけて谷中清水町・谷中坂町・谷中初音町一~四丁目・谷中茶屋町・谷中真島町・谷中上三崎南町・谷中上三崎北町の各町が起立。1878年(明治11年)11月2日、これら谷中各町は上野とともに下谷区に編入される。この時点ではまだ谷中村も残存していたが、1889年(明治22年)5月1日東京市誕生と共に下谷区に編入され(この時点でも下谷区内に「谷中村」が残存)、1891年(明治24年)に谷中村を谷中各町に編入し、このとき谷中天王寺町も成立した。
  • 1947年(昭和22年)に23区制に伴い台東区となる。1966年(昭和41年)、住居表示実施に伴い谷中各町が整理統合されて現行の谷中となる(谷中清水町は池之端三・四丁目に、谷中天王寺町の南端一部が上野桜木二丁目にそれぞれ編入)。

地名の由来

名前の由来は、本郷台と上野台の谷間に位置することから、名付けられたといわれる。

世帯数と人口

2025年(令和7年)3月1日現在(台東区発表)の世帯数と人口は以下の通りである[1]。

さらに見る 丁目, 世帯数 ...
丁目世帯数人口
谷中一丁目 462世帯 797人
谷中二丁目 1,047世帯 1,688人
谷中三丁目 1,753世帯 3,166人
谷中四丁目 275世帯 476人
谷中五丁目 459世帯 796人
谷中六丁目 160世帯 324人
谷中七丁目 578世帯 1,021人
計 4,734世帯 8,268人
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人口の変遷

国勢調査による人口の推移。

さらに見る 年, 人口 ...
人口推移
年 人口
1995年(平成7年)[6]
9,160
2000年(平成12年)[7]
8,736
2005年(平成17年)[8]
8,440
2010年(平成22年)[9]
8,095
2015年(平成27年)[10]
8,483
2020年(令和2年)[11]
8,677
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世帯数の変遷

国勢調査による世帯数の推移。

さらに見る 年, 世帯数 ...
世帯数推移
年 世帯数
1995年(平成7年)[6]
4,265
2000年(平成12年)[7]
4,358
2005年(平成17年)[8]
4,244
2010年(平成22年)[9]
4,277
2015年(平成27年)[10]
4,609
2020年(令和2年)[11]
4,781
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学区

区立小・中学校に通う場合、学区は以下の通りとなる(2023年9月現在)[12]。

さらに見る 丁目, 番地 ...
丁目番地小学校中学校
谷中一丁目1〜5番
6番1〜11号
6番29〜33号
7番1〜31号
7番41号
台東区立忍岡小学校台東区立上野中学校
6番12〜28号
7番32〜40号
台東区立谷中小学校
谷中二丁目全域
谷中三丁目全域
谷中四丁目全域
谷中五丁目全域
谷中六丁目全域
谷中七丁目全域
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交通

事業所

2021年(令和3年)現在の経済センサス調査による事業所数と従業員数は以下の通りである[13]。

さらに見る 丁目, 事業所数 ...
丁目事業所数従業員数
谷中一丁目 77事業所 267人
谷中二丁目 97事業所 381人
谷中三丁目 252事業所 888人
谷中四丁目 37事業所 97人
谷中五丁目 75事業所 305人
谷中六丁目 40事業所 208人
谷中七丁目 81事業所 336人
計 659事業所 2,482人
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事業者数の変遷

経済センサスによる事業所数の推移。

さらに見る 年, 事業者数 ...
事業者数推移
年 事業者数
2016年(平成28年)[14]
676
2021年(令和3年)[13]
659
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従業員数の変遷

経済センサスによる従業員数の推移。

さらに見る 年, 従業員数 ...
従業員数推移
年 従業員数
2016年(平成28年)[14]
2,363
2021年(令和3年)[13]
2,482
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施設

教育
  • 台東区立谷中小学校
  • 台東区立台桜幼稚園
墓地

観光

画像一覧

その他

日本郵便

管轄等

関連項目

脚注

関連文献

外部リンク

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