上の助空五郎

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上の助空五郎(うわのすけ そらごろう、1978年8月10日 - )は、日本のヴォードヴィリアンシンガーソングライター[1]。ボーイズバラエティー協会所属[2]。出囃子は「アヒル/O pato」

  • 1978年8月10日、岐阜県高山市に生まれる。幼い頃から民謡、和太鼓日本舞踊、ピアノに親しむ。
  • 1994年 オーストラリアの高校へ留学。路上でタップを踏む芸に感銘を受け、演じる世界に興味をもつようになる。[3](「夕刊フジ」2024年11月15日13面)メルボルンの街角で見たサックス吹きのタップダンサーのおじさんに衝撃を受ける[4][5](「東京新聞」2024年9月27日13面)
  • 2000年日本に帰国後、総合創作芸術家だるま森の音楽サーカス団ロマロマに加入。芸名をバロン中沢として活動を開始し、同時期にロックバンド・アナログフィッシュに加入。[6]
  • 2002年 パントマイム劇団・汎マイム工房に入所。この頃ジャグバンド・中杉ストンパーズを結成。2006年 にはバロンなかざわと表記を変え活動開始。ヴォードヴィリアンを名乗り始める。スカバンド Joyride、2007年にはバロンと世界一周楽団、Baron&Jordon を結成。2009年プーク人形劇場で初の1人舞台「あしのうら」を公演。2011年 浅草見番で音楽劇「七つの大罪」出演している。(2012年には再演も行っている)。この年、ベネッセのこどもちゃれんじ DVD出演[1]
  • 2013年 浅草木馬亭で音楽劇「ウクレレ情話・冗話」上演。TBSラジオ土曜ワイドラジオTOKYO 永六輔その新世界にて楽曲「センキョイコ」が放送される。
  • 2014年 カナダ・モントリオールのヴォードヴィルキャバレーコンテスト、Voix de ville 優勝[2]。翌年2015年にはモントリオール・フリンジフェスティバル「ヴォードヴィルオンザロック」2 週間公演。最優秀賞にノミネート[2]された。
  • 2016年 芸名がBARON となり、ソロ CDの制作を開始。
  • 2017年 にボーイズバラエティ協会に所属[1]。この頃から木村万里、立川志の輔、桃月庵白酒、三遊亭兼好、林家きく麿の会等落語会に出演し始める。[7]2019年 全国を巡業し、この頃改名を決意[3]
  • 2020年 上の助空五郎に改名。改名については、「上の空」とはせず、「上の助」とし、リズムでそ  う名付け、覚えやすいようで間違いやすい名前とあり、[8](「東京新聞」2024年9月27日13面)また、自身のブログでは改名の由来を、「染之助染太郎」が好きで、名前の響きが好きであったこと、良くも悪くも「上の空」であること、本名が「吾朗」であることから上の助空五郎と改名したとある[9]
  • 2024年 国立演芸場主催「令和5年度花形演芸大賞」銀賞受賞[10]
  • 2025年 国立演芸場主催「令和6年度花形演芸大賞」金賞受賞[11]
  • 2026年 国立演芸場主催「令和7年度花形演芸大賞」大賞受賞[12]

芸風

「全力で力まないボサノヴァ演芸」歌、ウクレレ、ギター、パントマイム、タップダンスなどを織り交ぜ、ジャズ、ボサノヴァ、オリジナル曲、民謡などをブレンドした芸風。自身も東京新聞のインタビューで「つかみどころのない芸なんです。自分でもいまだに、雲の中をさまよっている感じですね。ふわふわしています。浮遊層です。」と語っている[13]。また、渋谷伝承ホールでの「花形演芸会」では、「僕の芸、扇風機で言えば「強」でも「弱」でもなく、「微風」です。[14]」と表現している。

CD

出典

外部リンク

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