上口政

From Wikipedia, the free encyclopedia

国籍 日本の旗 日本
出身地 茨城県
生年月日 (1923-03-28) 1923年3月28日
身長
体重
176 cm
71 kg
上口 政
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 茨城県
生年月日 (1923-03-28) 1923年3月28日
身長
体重
176 cm
71 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 外野手 投手
プロ入り 1946年
初出場 1946年
最終出場 1947年
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

上口 政(かみぐち まさ、1923年3月28日 - 没年不明)は、茨城県[1]出身の元プロ野球選手

下妻中学校を経て明治大学でプレー。1943年学徒出陣により兵役に就くと、満州北支台湾を転戦し、1946年正月過ぎに帰還。

上口は日本コロムビアへの就職が内定していたが、明治大学の同期であった大下弘の誘いを受けて、1946年3月にセネタースに投手兼外野手として入団[2][1]

開幕戦となる4月27日東京巨人軍戦では6番ライトで先発出場[3]。5月30日の中部日本戦で初登板し、明治大学の同期であった貫井丞治バッテリーを組むが、6回0/3を自責点8と打ち込まれた。

1947年シーズン終了後に退団した。

選手としての特徴

制球力があり、球にクセがなかったことから、主砲の大下弘から好んで打撃投手に指名されていた[2]

逸話

戦後の食糧難の中、実家の下妻は米所で会ったことから、上口は週末になると大宮のセネタース合宿所から実家に戻り、重箱に白米のご飯を詰めて風呂敷に包んで合宿所へ持参し、チームメイトに喜ばれていた[2]

詳細情報

年度別打撃成績

















































O
P
S
1946 セネタース
東急
327062311000115103--4--09--.177.227.177.404
1947 618180300030000--0--04--.167.167.167.334
通算:2年 388880314000145103--4--013--.175.214.175.389

年度別投手成績





















































W
H
I
P
1946 セネタース
東急
9100002----.00015027.234130--2100035258.042.31
1947 2100000----.000467.21508--1101111011.253.00
通算:2年 11200002----.00019635.149138--3110146358.752.46
  • セネタースは、1947年に東急(東急フライヤーズ)に球団名を変更

背番号

  • 19 (1946年 - 1947年)

脚注

参考文献

関連項目

外部リンク

Related Articles

Wikiwand AI