上小田井

名古屋市西区の地名 From Wikipedia, the free encyclopedia

上小田井(かみおたい)とは、愛知県名古屋市西区の町名。現行行政地名は上小田井一丁目から上小田井二丁目および山田町大字上小田井。住居表示未実施地域である[WEB 5]。山田町大字上小田井には21の小字が設置されている。

概要 上小田井, 国 ...
上小田井
町丁
北緯35度13分1.0秒 東経136度52分47.5秒
日本の旗 日本
都道府県 愛知県の旗 愛知県
市町村 名古屋市
行政区 西区
人口情報2019年(平成31年)2月1日現在[WEB 1]
 人口 3,322 人
面積(2010年(平成22年)10月1日現在[WEB 2]
  0.3617062 km²
人口密度 9184.25 人/km²
郵便番号 452-0821[WEB 3]
市外局番 052 (名古屋MA)[WEB 4]
ナンバープレート 名古屋
※大字上小田井の面積は0.6735489km^2[WEB 2]
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地理

名古屋市西区北部に位置する[1]。東から北は八筋町南川町市場木町、西は中小田井一丁目および同五丁目、南は山田町大字中小田井に接する[1]。南に一丁目・北に二丁目が設定されている。

歴史

町名の由来

江戸期春日井郡上小田井村を前身とする。湿田を示す「ウダ」が転じたという説、井(用水)を司る意味があるとする説があるが [2][3]、定かではない。なお小田は織田氏に因むという説があるが、前身となる地名は織田氏が勢力を伸ばす以前から確認できるため誤りである。古くは「於田江」「淤台」「織田井」とも書いた。

建武年間の『光厳上皇院宣案』に「於田江庄内富益」とあり、南北朝期には於田江荘という荘園があったらしい[4]。他方、文和2年(1353年)付『尾張国正税帳』に「於田江東保」、応永4年(1397年)付『尾張国光守注進状』に「於田江犬丸」「於田江中・西保」とあり、於田江保という国衙領もあったようである[5]

言継卿記天文2年条に「在所之名織田井」、天正年間の『織田信雄判物』に「おた井」とあるので、戦国期には「おたい」と呼ぶようになっていたらしい[6]近世初頭に上小田井村・中小田井村・下小田井村の3村に分村した[6]

行政区画の変遷

出来事

字一覧

さらに見る 1882年(明治15年)当時, 2017年(平成29年)現在 ...
1882年(明治15年)当時2017年(平成29年)現在備考
赤池(あかいけ)赤池
赤城(あかしろ)1975年花原町・赤城町・宝地町・歌里町・五才美町に編入[11]
安場(あんば)1975年八筋町・貴生町に編入[11]
池田(いけだ)1975年赤城町・歌里町に編入[11]
市場ノ木(いちばのき)1975年市場木町・坂井戸町・大野木一丁目に編入[11]
川瀬先(かはせさき)川瀬先
北一丁地(きたいつてうじ)1975年八筋町・二方町・赤城町に編入[11]
北問屋(きたとひや)1975年上小田井二丁目・八筋町・貴生町・山田町大字上小田井字南問屋に編入[11]
北中島(きたなかじま)1975年五才美町・市場木町に編入[11]
北中屋敷(きたなかやしき)1975年上小田井一丁目・上小田井二丁目に編入[11]
北ノ川(きたのかは)1975年南川町に編入[11]
北大津場(きたをほつば)1975年南川町・八筋町・赤城町・五才美町に編入[11]
五才美(ごさいみ)1975年赤城町・五才美町・市場木町に編入[11]
五町(ごちやう)1975年歌里町・五才美町・市場木町・坂井戸町・大野木一丁目に編入[11]
五郎庄(ごろうしやう)五郎庄1975年上小田井一丁目に編入[11]
坂井戸(さかいど)坂井戸1975年坂井戸町・大野木一丁目に編入[11]
三升田(さんじやうた)1975年八筋町・二方町に編入[11]
敷地(しきち)敷地(しきち)
高道(たかみち)1975年南川町・五才美町・市場木町に編入[11]
天王下(てんなうした)天王下
飛越(とびこし)1975年南川町に編入[11]
中浦(なかうら)1975年上小田井一丁目・上小田井二丁目に編入[11]
中島(なかしま)中島1975年上小田井一丁目・市場木町・坂井戸町に編入[11]
西道内(にしどうない)1975年上小田井一丁目・上小田井二丁目に編入[11]
西半野(にしはんの)西半野1975年二方町に編入[11]
西古川(にしふるかは)西古川
二丁方(にてうがた)二丁方1975年二方町に編入[11]
野方(のかた)野方
墓貫(はかぬき)墓貫1975年上小田井一丁目・南川町・市場木町に編入[11]
東道内(ひかしどうない)1975年上小田井一丁目・上小田井二丁目に編入[11]
東半野(ひかしはんの)東半野1975年二方町に編入[11]
東古川(ひがしふるかは)東古川(ひがしふるかわ)
平塚(ひらつか)1975年二方町に編入[11]
文衛前(ふんねまえ)文衛前
水方(みずかた)水方
道間(みちあい)1975年八筋町・二方町に編入[11]
南一丁地(みなみいつてうぢ)1975年八筋町・二方町・赤城町に編入[11]
南問屋(みなみとひや)1975年上小田井二丁目・八筋町に編入[11]
南ノ川(みなみのかは)1975年上小田井二丁目・南川町・八筋町に編入[11]
南大津場(みなみをほつば)1975年南川町・八筋町・五才美町に編入[11]
宮ノ越(みやのこし)1975年上小田井一丁目・南川町に編入[11]
宮前(みやまえ)宮前
宮屋敷(みややしき)宮屋敷1975年上小田井一丁目に編入[11]
八筋(やすじ)1975年八筋町・二方町に編入[11]
由池(よしいけ)由池1975年上小田井一丁目・市場木町に編入[11]
大四分市(をほしぶいち)大四分市1975年上小田井一丁目に編入[11]
大割(をほわり)大割
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世帯数と人口

2019年(平成31年)2月1日現在の世帯数と人口は以下の通りである[WEB 1]

さらに見る 丁目, 世帯数 ...
丁目世帯数人口
上小田井一丁目 821世帯 1,789人
上小田井二丁目 729世帯 1,533人
1,550世帯 3,322人
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人口の変遷

国勢調査による人口の推移

2000年(平成12年) 3,151人[WEB 6]
2005年(平成17年) 3,327人[WEB 7]
2010年(平成22年) 3,269人[WEB 8]
2015年(平成27年) 3,321人[WEB 9]

学区

市立小・中学校に通う場合、学校等は以下の通りとなる[WEB 10]。また、公立高等学校に通う場合の学区は以下の通りとなる[WEB 11]

さらに見る 番・番地等, 小学校 ...
番・番地等小学校中学校高等学校
全域名古屋市立山田小学校名古屋市立山田中学校尾張学区
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交通

施設

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Maps: terms of use
750 m
15
14
13
12
11
10
9
8
7
6
5
4
3
2
1
略地図
1
中浦公園
2
山田コミュニティセンター
3
星神社
4
諏訪社
5
法源寺
6
長善寺
7
大聖院
8
南問屋公園
9
三菱UFJ銀行小田井支店
10
愛知信用金庫山田支店
11
小田井交番
12
庄内緑地
13
庄内緑地公園駅
14
CBC自動車学校
15
中京自動車学校

上小田井一丁目

上小田井二丁目

大字上小田井

その他

日本郵便

脚注

参考文献

関連項目

外部リンク

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