上小田井
名古屋市西区の地名
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地理
歴史
町名の由来
江戸期の春日井郡上小田井村を前身とする。湿田を示す「ウダ」が転じたという説、井(用水)を司る意味があるとする説があるが [2][3]、定かではない。なお小田は織田氏に因むという説があるが、前身となる地名は織田氏が勢力を伸ばす以前から確認できるため誤りである。古くは「於田江」「淤台」「織田井」とも書いた。
建武年間の『光厳上皇院宣案』に「於田江庄内富益」とあり、南北朝期には於田江荘という荘園があったらしい[4]。他方、文和2年(1353年)付『尾張国正税帳』に「於田江東保」、応永4年(1397年)付『尾張国光守注進状』に「於田江犬丸」「於田江中・西保」とあり、於田江保という国衙領もあったようである[5]。
『言継卿記』天文2年条に「在所之名織田井」、天正年間の『織田信雄判物』に「おた井」とあるので、戦国期には「おたい」と呼ぶようになっていたらしい[6]。近世初頭に上小田井村・中小田井村・下小田井村の3村に分村した[6]。
行政区画の変遷
- 1889年(明治22年)10月1日 - 西春日井郡上小田井村が設置される[3]。
- 1906年(明治39年)7月16日 - 合併に伴い、西春日井郡山田村大字上小田井となる[3]。
- 1955年(昭和30年)10月1日 - 山田村の名古屋市編入に伴い、同村大字上小田井が同市西区山田町大字上小田井となる[3]。
- 1960年(昭和35年)3月8日 - 上小田井土地区画整理組合の設立が認可される[7]。
- 1965年(昭和40年)4月1日 - 小田井派出所が改築される[8]。
- 1967年(昭和42年)9月25日 - 愛知信用金庫山田支店が設置される[9]。
- 1975年(昭和50年)10月15日 - 西区上小田井一丁目が同区山田町大字上小田井字宮屋敷・字五郎庄・字北中屋敷・字西道内・字東道内・字宮越・字大四分市・字墓貫・字由池・字中島の各一部により、上小田井二丁目が山田町大字上小田井字北中屋敷・字西道内・字東道内・字南問屋・字北問屋・字南之川・字中浦の各一部によりそれぞれ成立[10]。また、大字上小田井の一部が、二方町・玉池町・花原町・宝地町・歌里町・大野木一丁目・坂井戸町・市場木町・五才美町・赤城町・中小田井四丁目および同五丁目にそれぞれ編入される[3]。
- 1980年(昭和55年)2月24日 - 山田町大字中小田井の一部が、上小田井一丁目に編入される[3]。
出来事
字一覧
| 1882年(明治15年)当時 | 2017年(平成29年)現在 | 備考 |
|---|---|---|
| 赤池(あかいけ) | 赤池 | |
| 赤城(あかしろ) | 1975年花原町・赤城町・宝地町・歌里町・五才美町に編入[11] | |
| 安場(あんば) | 1975年八筋町・貴生町に編入[11] | |
| 池田(いけだ) | 1975年赤城町・歌里町に編入[11] | |
| 市場ノ木(いちばのき) | 1975年市場木町・坂井戸町・大野木一丁目に編入[11] | |
| 川瀬先(かはせさき) | 川瀬先 | |
| 北一丁地(きたいつてうじ) | 1975年八筋町・二方町・赤城町に編入[11] | |
| 北問屋(きたとひや) | 1975年上小田井二丁目・八筋町・貴生町・山田町大字上小田井字南問屋に編入[11] | |
| 北中島(きたなかじま) | 1975年五才美町・市場木町に編入[11] | |
| 北中屋敷(きたなかやしき) | 1975年上小田井一丁目・上小田井二丁目に編入[11] | |
| 北ノ川(きたのかは) | 1975年南川町に編入[11] | |
| 北大津場(きたをほつば) | 1975年南川町・八筋町・赤城町・五才美町に編入[11] | |
| 五才美(ごさいみ) | 1975年赤城町・五才美町・市場木町に編入[11] | |
| 五町(ごちやう) | 1975年歌里町・五才美町・市場木町・坂井戸町・大野木一丁目に編入[11] | |
| 五郎庄(ごろうしやう) | 五郎庄 | 1975年上小田井一丁目に編入[11] |
| 坂井戸(さかいど) | 坂井戸 | 1975年坂井戸町・大野木一丁目に編入[11] |
| 三升田(さんじやうた) | 1975年八筋町・二方町に編入[11] | |
| 敷地(しきち) | 敷地(しきち) | |
| 高道(たかみち) | 1975年南川町・五才美町・市場木町に編入[11] | |
| 天王下(てんなうした) | 天王下 | |
| 飛越(とびこし) | 1975年南川町に編入[11] | |
| 中浦(なかうら) | 1975年上小田井一丁目・上小田井二丁目に編入[11] | |
| 中島(なかしま) | 中島 | 1975年上小田井一丁目・市場木町・坂井戸町に編入[11] |
| 西道内(にしどうない) | 1975年上小田井一丁目・上小田井二丁目に編入[11] | |
| 西半野(にしはんの) | 西半野 | 1975年二方町に編入[11] |
| 西古川(にしふるかは) | 西古川 | |
| 二丁方(にてうがた) | 二丁方 | 1975年二方町に編入[11] |
| 野方(のかた) | 野方 | |
| 墓貫(はかぬき) | 墓貫 | 1975年上小田井一丁目・南川町・市場木町に編入[11] |
| 東道内(ひかしどうない) | 1975年上小田井一丁目・上小田井二丁目に編入[11] | |
| 東半野(ひかしはんの) | 東半野 | 1975年二方町に編入[11] |
| 東古川(ひがしふるかは) | 東古川(ひがしふるかわ) | |
| 平塚(ひらつか) | 1975年二方町に編入[11] | |
| 文衛前(ふんねまえ) | 文衛前 | |
| 水方(みずかた) | 水方 | |
| 道間(みちあい) | 1975年八筋町・二方町に編入[11] | |
| 南一丁地(みなみいつてうぢ) | 1975年八筋町・二方町・赤城町に編入[11] | |
| 南問屋(みなみとひや) | 1975年上小田井二丁目・八筋町に編入[11] | |
| 南ノ川(みなみのかは) | 1975年上小田井二丁目・南川町・八筋町に編入[11] | |
| 南大津場(みなみをほつば) | 1975年南川町・八筋町・五才美町に編入[11] | |
| 宮ノ越(みやのこし) | 1975年上小田井一丁目・南川町に編入[11] | |
| 宮前(みやまえ) | 宮前 | |
| 宮屋敷(みややしき) | 宮屋敷 | 1975年上小田井一丁目に編入[11] |
| 八筋(やすじ) | 1975年八筋町・二方町に編入[11] | |
| 由池(よしいけ) | 由池 | 1975年上小田井一丁目・市場木町に編入[11] |
| 大四分市(をほしぶいち) | 大四分市 | 1975年上小田井一丁目に編入[11] |
| 大割(をほわり) | 大割 | |
世帯数と人口
学区
市立小・中学校に通う場合、学校等は以下の通りとなる[WEB 10]。また、公立高等学校に通う場合の学区は以下の通りとなる[WEB 11]。
| 番・番地等 | 小学校 | 中学校 | 高等学校 |
|---|---|---|---|
| 全域 | 名古屋市立山田小学校 | 名古屋市立山田中学校 | 尾張学区 |
交通
- 愛知県道63号名古屋江南線(名草線)[1]

