12歳からサッカーを始め、16歳の頃より読売クラブのユースチームに所属。読売ユースでは戸塚哲也、都並敏史の一学年後輩に当たる。高校三年時の1980年にトップチームへ登録され、日本サッカーリーグ(JSL)デビューを果たす。得点感覚に優れたストライカーとして、JSL、JSLカップ、天皇杯と国内全てのタイトルで優勝を経験するなど、読売クラブ黄金時代に活躍した。
1981年、タイ・バンコクで行われた第22回アジアユース選手権の日本代表に選出。
JSL1部通算69試合出場16ゴール[1] 4アシスト[2]。