上戸田川
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見沼代用水西縁は辻用水と新曽用水に分かれ、新曽用水は旧中山道までの区間を指すが、それ以降は水を上戸田方面に流していた。その水路が昭和期に都市化が進むにつれて、排水路としての機能を持つようになり、特に上戸田以南が整備され、上戸田川と呼ばれるようになった。埼京線交差部分より上流部は区画整理事業により、戸田駅周辺の冠水解消を目的として2017年より新しい流路の開削が進んでいる(後述)。埼京線交差部分の東側に旧流路も残っており、新流路に合流する形で一部開渠となっている(天神橋も残る)。上流方面はすぐに蓋掛けの暗渠となり、佐竹化学付近はクランク状に蓋かけ水路があったが住宅となり消滅、戸田駅周辺は細い水路が残されているが、富士見公園より上流に向かうにつれて区画整理の進捗により跡形もなく埋め立てられている。蕨市立西小学校付近には近年まで暗渠が残っていたが、道路整備により消滅している。西小学校北側から境橋(新曽用水の終点)までは蓋掛け水路が現存する。
上戸田川は、周辺の排水を合わせながら南流し、上戸田、新曽、本町、新曽南地区を流れ、戸田市南町で菖蒲川に合流する。