上戸田
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地価
歴史
もとは江戸期より存在した足立郡戸田領[注釈 1]に属する上戸田村であった[7]。江戸初期に戸田村より下戸田村とともに分村して成立したという[注釈 2]。
沿革
- はじめは幕府領で、以降変遷なし[7]。
- 幕末時点では足立郡上戸田村であった。明治初年の『旧高旧領取調帳』の記載によると、代官大竹左馬太郎支配所が管轄する幕府領であった[注釈 3]。
- 1868年(慶応4年)6月19日 - 旧幕府領が武蔵知県事・山田政則(忍藩士)の管轄となる。
- 1869年(明治2年)
- 1871年(明治4年)11月13日 - 第1次府県統合により埼玉県の管轄となる。
- 1879年(明治12年)3月17日 - 郡区町村編制法により成立した北足立郡に属す。郡役所は浦和宿に設置。
- 1889年(明治22年)4月1日 - 町村制施行に伴い、上戸田村・下戸田村・新曽村が合併して戸田村が成立する。上戸田村は戸田村の大字上戸田となる。
- 1961年(昭和36年 - 大字上戸田の一部を大字新曽に編入する[7]。
- 1966年(昭和41年)10月1日 - 戸田町が市制施行により、戸田市の大字となる。
- 1968年(昭和43年)11月1日 - 大字上戸田の一部が川岸三丁目および戸田公園の各一部となる。また、大字上戸田の一部が本町一〜五丁目、および南町の各全域となる[9]。
- 1970年(昭和45年)6月1日 - 戸田市大字上戸田の一部から上戸田一丁目〜五丁目が成立[9]。
世帯数と人口
小・中学校の学区
市立小・中学校に通う場合、学区(校区)は以下の通りとなる[10]。
| 丁目・大字 | 番地 | 小学校 | 中学校 |
|---|---|---|---|
| 上戸田一丁目 | 全域 | 戸田市立戸田第一小学校 | 戸田市立戸田中学校 |
| 上戸田二丁目 | 全域 | ||
| 上戸田三丁目 | 全域 | ||
| 上戸田四丁目 | 全域 | ||
| 上戸田五丁目 | 全域 | ||
| 上戸田 | 全域 | 戸田市立新曽中学校 |
交通
道路
- 国道17号
- 埼玉県道236号新倉蕨線(五差路通り)
- 市役所南通り
- 北大通り
- 市役所通り
施設など
- 一丁目
- 戸田市役所
- 商工会館
- 第一広場
- 元蕨第一公園
- 二丁目
- 上戸田地域交流センター
- 戸田中央総合健康管理センター
- 福祉センター
- 上戸田保育園
- 光明寺
- 武蔵野銀行
- 東京信用金庫
- 東町公園
- ふれあい広場
- 第二公園
- 三丁目
- 戸田市立戸田第一小学校
- 戸田市営住宅後谷団地
- 氷川神社 (戸田市上戸田)
- 鍛冶谷町公園
- 四丁目
- 戸田市文化会館
- 後谷公園
- 五丁目
- 大字
- 健康福祉の杜
- 男女共同参画センター