上杉政真 From Wikipedia, the free encyclopedia 時代 室町時代中期生誕 宝徳3年(1451年)死没 文明5年11月24日(1473年12月13日)官位 修理大夫 凡例上杉 政真時代 室町時代中期生誕 宝徳3年(1451年)死没 文明5年11月24日(1473年12月13日)官位 修理大夫幕府 室町幕府 相模守護氏族 扇谷上杉氏父母 父:上杉顕房兄弟 政真、朝重、千葉実胤正室テンプレートを表示 上杉 政真(うえすぎ まさざね)は、室町時代中期の武将・守護大名。扇谷上杉氏の当主。相模国守護。 宝徳3年(1451年)、上杉顕房の子として誕生。 享徳4年(1455年)、分倍河原の戦いで父・顕房が戦死すると、重臣の太田道真は政真を当主にしようとした。だが、まだ幼かったため、先代当主で政真の祖父にあたる持朝が当主に復帰している。 応仁元年(1467年)、祖父の死により家督を相続し、扇谷上杉氏を継いだ。この頃までには元服を済ませ、室町幕府8代将軍・足利義政より偏諱を受けて政真と名乗っている。 文明3年(1471年)、古河公方・足利成氏が堀越公方・足利政知のいる伊豆国への侵攻を図った。政真はこれを撃退し、古河城の逆襲に成功、成氏は千葉孝胤を頼って落ち延びた。 しかし、成氏は反撃に出て、文明4年(1472年)に古河城を奪回された。 文明5年(1473年)11月24日、政真は武蔵国児玉郡五十子陣にあった上杉氏の居城を成氏に急襲されて敗れ、戦死した。 政真には子がなく、重臣による協議の結果、叔父・定正が家督を継承した。 関連項目 山内上杉氏 越後上杉氏 表話編歴扇谷上杉氏当主(1467年 - 1473年)宗家 重顕 朝定 顕定 氏定 持定 持朝 顕房 持朝(再襲) 政真 定正 朝良 朝興 朝定 憲勝 分家・支流 八条上杉氏 朝顕 満朝 満定 持定 成定 加賀爪上杉氏 政定 忠定 政泰 泰定 政豊 政尚 忠澄 直澄 直清 | 断絶 Related Articles