上村和生

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フルネーム 上村 和生
ラテン文字 Kazuki Uemura
国籍 日本の旗 日本
上村 和生
うえむら かずき
選手情報
フルネーム 上村 和生
ラテン文字 Kazuki Uemura
国籍 日本の旗 日本
種目 長距離走
所属 大塚製薬
大学 東洋大学経済学部経済学科卒業
生年月日 (1994-01-13) 1994年1月13日(31歳)
生誕地 徳島県の旗徳島県徳島市
身長 170cm
体重 52kg
自己ベスト
3000m 8分21秒15(2016年)
5000m 13分57秒17(2015年)
10000m 28分35秒96(2015年)
ハーフマラソン 1時間01分51秒(2020年)
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上村 和生(うえむら かずき、 1994年1月13日 - )は、 日本の元陸上競技選手。専門は長距離走徳島県徳島市出身。徳島県立美馬商業高等学校東洋大学経済学部卒業。大塚製薬所属。身長170cm、体重52kg。

大学時代に行われた全日本大学駅伝では初優勝のゴールテープを切った。

  • 川内中学校3年次に都道府県駅伝に出場した。
  • 高校3年次に出場した全国高等校駅伝競走大会では、1区(10km)で30分16秒(区間11位)と快走し、解説の金哲彦氏に上りの走りと粘り強さを高く評価された。
  • 高校卒業後には東洋大学に進学。大学1年次は大学3大駅伝には出場しなかったが、第89回東京箱根間往復大学駅伝競走では、同級生の服部勇馬に給水係としてボトルを渡した。
  • 2013年、大学2年次の夏合宿は箱根駅伝の登録メンバーとして臨んだが、10月に開催された出雲全日本大学選抜駅伝競走と、11月に開催された全日本大学駅伝対校選手権大会は出場しなかった。
  • 2014年1月に開催された第90回東京箱根間往復大学駅伝競走では復路9区を任され、後ろから駒澤大学の大エース窪田忍が追い上げるも、1時間09分24秒の区間4位でトップを守り、アンカー大津顕杜に襷を繋げた。チームは総合優勝(復路新記録)を果たし、上村にとって最高のデビュー戦となった。
  • 同年、大学3年次も箱根駅伝の登録メンバーとして夏合宿に臨んだが、前年度に続き出雲、全日本の出場はならなかった。
  • 2015年1月に開催された第91回東京箱根間往復大学駅伝競走では、往路3区を任された。トップで襷を貰い、前半は駒澤大学の中谷圭佑と先頭集団で並走したが、後半から一気にペースが落ちて先頭集団から脱落し、更に明治大学有村優樹青山学院大学渡邉利典にも抜かれ、1時間03分34秒の区間6位に終わった。チームも総合3位で連覇を逃した。
  • 大学4年次は、副将として主将・勇馬と共にチームを引っ張った。
  • 2015年11月に開催された全日本大学駅伝では、自身初出場でアンカー8区を任された。同区間では、優勝候補筆頭の青山学院大学が3代目山の神と言われている神野大地を起用しており、同大の原晋監督は、「トップと30秒以内なら逆転優勝ができる」と宣言していた。上村はトップで堀龍彦から襷を受け、2位青山学院大学と27秒差でスタートした。逆転される可能性が高いと予想されたなか、上村はむしろ神野との差を徐々に広げ、そのままトップでフィニッシュテープを切り、東洋大学初の優勝に貢献した。(59分04秒・区間4位)
  • 2016年1月に開催された第92回東京箱根間往復大学駅伝競走では、当日変更で1区を任されたが、青山学院大学の久保田和真のスパートに付いていくことが出来ず、先頭と53秒差の1時間02分15秒で区間7位で2区・勇馬に襷を渡した。チームも総合2位で、王座奪還はならなかった。
  • 同年同月に開催された全国都道府県対抗駅伝競走大会では、地元・徳島県のアンカー7区を任され、34位で襷を貰うと順位を4つ上げる走りを見せ、38分54秒の区間19位でフィニッシュテープをきり、箱根駅伝で優勝した青山学院大学の主力選手(青学四天王)の一人である小椋裕介を12秒上回ったが、チームは2時間24分33秒と31位で終わり、上位でのゴールはならなかった。
  • 大学卒業後は、大塚製薬に入社。2024年2月に開催された香川丸亀国際ハーフマラソンの出場をもって、現役を引退した。

戦績・記録

自己ベスト

関連項目

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