久保田和真
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| 選手情報 | ||||
| ラテン文字 | Kazuma Kubota | |||
| 国籍 |
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| 種目 | 中距離走・長距離走 | |||
| 所属 | 九電工 | |||
| 大学 | 青山学院大学 | |||
| 生年月日 | 1993年9月24日(32歳) | |||
| 生誕地 |
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| 身長 | 170cm | |||
| 体重 | 48kg | |||
| 自己ベスト | ||||
| 1500m | 3分48秒49 (2013年) | |||
| 5000m | 13分49秒27 (2015年) | |||
| 10000m | 28分24秒50 (2015年) | |||
| 20km | 59分28秒 (2012年) | |||
| ハーフマラソン | 1時間07分12秒 (2014年) | |||
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久保田 和真(くぼた かずま、1993年9月24日 - )は日本の陸上競技元選手。専門は中距離走・長距離走。熊本県菊池郡菊陽町出身。菊陽町立菊陽中学校、九州学院高等学校を経て青山学院大学教育人間科学部教育学科を卒業。現在は陸上競技界から引退している。
- 九州学院高校1年生の時に第60回全国高校駅伝に初出場。1年生ながら7区を走り区間賞を獲得。
- 高校3年生の時には日本ジュニア5000mで優勝、国民体育大会5000mで準優勝、インターハイ5000mで6位入賞(日本人3位)と長距離トラックで世代トップクラスの活躍。駅伝でも第62回全国高校駅伝のエース区間1区、都道府県対抗駅伝の高校生最長区間5区でそれぞれ区間賞を獲得した。
- 青山学院大学1年の時に出雲駅伝で大学駅伝デビュー。3区を走り区間賞を獲得。青山学院大学の大学三大駅伝初優勝に貢献した。続いて第89回箱根駅伝で箱根駅伝デビュー。3区を担当し区間4位で走った。
- 大学2年の時には右脚腸脛靱帯の故障により大学三大駅伝をすべて欠場した。
- 大学3年の時に右脚腸脛靱帯を手術し、全日本大学駅伝で大学駅伝に復帰。復帰戦ながらエース区間2区を区間3位でまとめた[1]。続いて第91回箱根駅伝で2年ぶりの箱根駅伝出場。1区を担当し駒澤大学の中村匠吾と1秒差の区間2位と好走した。1区から勢いに乗った青山学院大学は同校史上初の往路優勝・復路優勝・総合優勝を達成した。また、2015年世界クロカン日本代表として出場した。
- 2015年、3年ぶりに出雲駅伝に出場。3年前に区間賞を獲得した3区を再び担当。先頭の駒澤大学と24秒差の2位でタスキを受け取ると駒澤大学の工藤有生を追走し、ラストで振り切り先頭でタスキを繋ぎ再び区間賞を獲得した。青山学院大学はその後も5区まで駒澤大学と先頭争いを繰り広げたが、6区の一色恭志が2位以下を突き放し3年ぶりの優勝を果たした。また今回から3区はコース延長となったため久保田は区間記録保持者となった。
- 2015年、全日本大学駅伝では4区を走り、区間賞を獲得する。しかし、一旦は追い付いた東洋大学の櫻岡駿にラストで突き放され、またチームも東洋大学に敗れ、2位に終わる。
- 2016年、第92回箱根駅伝で前年と同じく1区を走る。16キロ過ぎで集団から抜け出し、スパートをかけ、単独首位に立つ。その後、唯一付いてきた明治大学の横手健をも18キロ過ぎで振り切り、最終的に鶴見中継所では後続のランナーに21秒の差をつけて、トップでタスキを渡し、区間賞を獲得。この結果、久保田は大学4年時には、出場した大学三大駅伝全てで区間賞を獲得した。その後、青山学院大学は最終10区まで一度も首位を明け渡さず、最終的に2位の東洋大学に7分11秒の差をつけて、1977年の第53回箱根駅伝以来、39年ぶりの完全優勝を果たし、2連覇を飾った。これにより、久保田は優勝の立役者となり、大会最優秀選手に当たる「金栗四三杯」を受賞した。
- 大学卒業後、既に入社内定していた福岡市の九電工に入社・同社陸上部に入部。しかしその後は、相次ぐ怪我などに見舞われ駅伝を始め殆ど公式レースに出場する事が無いまま、2020年10月末限りで退部し陸上界からの引退を表明[2]。引退したのち社業に専念[3]していたが、その後九電工を退職。2023年現在はシンコースポーツ九州株式会社に所属し[4]、ランニング普及活動などを行っている。