上林巨人

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本名 上林 巨人
通称 竹原2世[1]
身長 167cm
上林 巨人
基本情報
本名 上林 巨人
通称 竹原2世[1]
階級 スーパーバンタム級
身長 167cm
国籍 日本の旗 日本
誕生日 (1987-01-02) 1987年1月2日(38歳)[2]
出身地 日本の旗 日本
広島県江田島市[2]
スタイルボクサーファイター[2]
プロボクシング戦績
総試合数 8
勝ち 7
KO勝ち 4
敗け 0
引き分け 1
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上林 巨人(うえばやし なおと、1987年1月2日 - )は、日本男性プロボクサー竹原慎二&畑山隆則のボクサ・フィットネス・ジム所属。階級はスーパーバンタム級広島県江田島市出身[2]

  • 名前は母親が熱狂的な巨人ファンだったことに由来[3]

来歴

アマチュア時代

兄の影響でボクシングを始め[3]広陵高校で高校三冠を獲得[1]カザフスタンで行われたジュニア国際大会で金メダルを獲得[4][5]

日本大学進学後も、晴れの国おかやま国体バンタム級で大学の1年先輩向井寛史を破り優勝[6]。2年次には全日本選手権バンタム級優勝[1]

3年次には世界選手権出場も1回戦で敗退、連覇がかかった全日本選手権も小國以載芦屋大)に敗れ、北京オリンピック予選代表もライバルの萬田竜也(東農大)に奪われた[4]

2008年のチャレンジ!おおいた国体ではフェザー級で優勝する[7]が、全日本選手権では同郷かつ後にプロで同僚となる丸亀光法大)に決勝で敗れ準優勝[8]

2009年の全日本選手権で成松大介(東農大)に敗れて引退し、日大のコーチを務めた[1][3]。後に日出学園のコーチに就任していた[9]

プロ時代

1学年上の村田諒太東洋大職員)の世界選手権銀メダル獲得などに刺激され、2012年2月に退職してプロ入りを決断[1]。地元・広島の知人から同郷の竹原慎二会長を紹介され竹原&畑山ボクサ・フィットネス・ジムに入門[3]

2012年7月26日、日本ランカーの中嶋孝文(ドリーム)相手にB級プロテストを受験[1]。翌日合格[10]

2012年11月19日、小泉良太(北澤)戦でプロデビュー、2回に右ストレートが決まり相手セコンドがタオルを投げ入れるTKO勝利[11]

2013年3月12日、イムロン・ルークロンタン(タイ)相手にプロ2戦目を行い、ダウンを奪って5回TKO勝利[12]

2013年5月31日、B級グランプリ準決勝として林涼樹(三谷大和スポーツ)と対戦、3-0の判定勝ちで3戦連続KOはならなかった[13][14]

2013年8月7日、B級グランプリ決勝として久我勇作ワタナベ)と対戦、3回にプロ初のダウンを奪われ、0-1の判定で引き分け、優勢点で準優勝となった[15]

2013年11月18日、初の8回戦として東洋太平洋バンタム級12位のマーク・ジョン・ヤップフィリピン)と対戦、3-0の判定勝利[16]

2014年4月21日、アニス・セウフィン(インドネシア)と対戦し、41戦のキャリアを持つ相手に一方的な展開、5回に連打を見舞ったところでレフェリーストップTKO、1年1ヶ月ぶりのKO勝利を飾った[17]

戦績

  • アマチュアボクシング:102戦 88勝 (47KO/RSC) 14敗[3]
  • プロボクシング:8戦 7勝 (4KO) 無敗 1分
日付 勝敗 時間 内容 対戦相手 国籍 備考
12012年11月19日勝利2R 2:39TKO小泉良太 (北澤)日本の旗 日本プロデビュー戦
22013年3月12日勝利5R 1:17TKOイムロン・ルークロンタンタイ王国の旗 タイ
32013年5月31日勝利5R判定3-0林涼樹 (三谷大和スポーツ)日本の旗 日本B級グランプリ準決勝
42013年8月25日引分5R判定0-1久我勇作 (ワタナベ)日本の旗 日本B級グランプリ決勝
52013年11月18日勝利8R判定3-0マーク・ジョン・ヤップフィリピンの旗 フィリピン
62014年4月21日勝利5R 1:04TKOアニス・セウフィンインドネシアの旗 インドネシア
72014年8月13日勝利2R 1:40KOシンノイ・シンマナサクタイ王国の旗 タイ
82014年12月15日勝利8R判定3-0オスカル・ブランケットメキシコの旗 メキシコ
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獲得タイトル

アマチュア
  • 第60回国民体育大会成年の部バンタム級優勝
  • 第76回全日本アマチュアボクシング選手権大会バンタム級優勝
  • 第63回国民体育大会成年の部フェザー級優勝

受賞歴

脚注

関連項目

外部リンク

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