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赤間神宮

日本の山口県下関市にある神社 From Wikipedia, the free encyclopedia

赤間神宮(あかまじんぐう)は、山口県下関市にある神社。旧社格は官幣大社。壇ノ浦の戦いにおいて入水した安徳天皇を祀る。

位置 北緯33度57分35.0秒 東経130度56分54.5秒
主祭神 安徳天皇
概要 赤間神宮, 所在地 ...
赤間神宮
赤間神宮
鳥居と水天門
所在地 山口県下関市阿弥陀寺町4-1
位置 北緯33度57分35.0秒 東経130度56分54.5秒
主祭神 安徳天皇
社格等 旧官幣大社
別表神社
創建 貞観2年(859年)
例祭 5月2日 - 4日(先帝祭)
10月7日
地図
赤間神宮の位置(山口県内)
赤間神宮
赤間神宮
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江戸時代までは安徳天皇御影堂といい、仏式により祀られていた。平家一門を祀る塚があることでも有名であり、前身の阿弥陀寺は『耳なし芳一』の舞台であったが、廃仏毀釈により神社となり現在に至る。

歴史

859年(貞観元年)に阿弥陀寺として開闢。

1185年(文治元年)の壇ノ浦の戦いで入水した安徳天皇の遺体は現場付近では発見できなかったが、赤間関(下関)に1191年(建久2年)、勅命により御影堂が建立され、建礼門院ゆかりの尼を奉仕させた。以後、勅願寺として崇敬を受ける。

明治の神仏分離により阿弥陀寺は廃され、神社となって「天皇社」と改称した。また、歴代天皇陵の治定の終了後、安徳天皇陵は多くの伝承地の中からこの安徳天皇社の境内が1889年(明治22年)7月25日、「擬陵」として公式に治定された。天皇社は1875年(明治8年)10月7日、赤間宮に改称し、官幣中社に列格した。

1940年(昭和15年)8月1日、官幣大社に昇格し、赤間神宮に改称した。

第二次世界大戦により社殿を焼失し、1965年(昭和40年)4月に新社殿が竣工した。

1963年(昭和38年)9月には当時の皇太子(明仁親王)が参拝した[1]。

1975年(昭和50年)、全国平家会が設立される。

1985年(昭和60年)、源平八百年を期に石川県の輪島市にある平時忠の子孫「時国家」に分霊が親授された。その際に邸内社が建立され「能登安徳天皇社[2]」の称号が授与された。

2018年(平成30年)11月2日、「赤間神宮水天門及び回廊」が国の登録有形文化財に登録される。

境内

安徳天皇縁起絵図

赤間神宮に伝わる襖絵。土佐光信筆という。

平家一門の肖像

文化財

重要文化財
登録有形文化財[3]
  • 水天門
  • 回廊

画像

年中行事

  • 平家雛流し神事(3月上旬)
  • 先帝祭(5月2日 - 4日) - 安徳天皇の命日に行われる。2日は平家落人の子孫らで組織される全国平家会の参列のもと御陵前での神事を始め、平家一門追悼祭などがある、3日は豪華絢爛な「上臈参拝」その他、下関市内では外八文字道中、唐戸から壇ノ浦付近の海上での「源平船合戦」などが行われる。(詳細は「先帝祭」参照)
  • 耳なし芳一琵琶供養祭(7月15日)
  • うに供養祭(10月中旬)
  • 秋季例大祭(10月7日)
  • しめなわ祭(12月10日)

交通

サンデン交通「赤間神宮前」バス停下車

脚注

参考文献

関連図書

関連項目

外部リンク

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