上西泰史
From Wikipedia, the free encyclopedia
1990年、バンド「ガラパゴス」にて東芝EMIよりメジャー・デビュー[1]。担当楽器はベース。多くの楽曲で作詞・作曲を手がけ、ガラパゴスではジャングルビートと呼ばれる、当時のバンドブームから離れた独自のサウンドを追求した。
個性的な歌詞と情緒的なメロディがボーカルの狩野環のストレートな歌声とマッチし、東芝EMI新人賞を受賞した。藤井丈司プロデュースによる1stアルバム、クマ原田プロデュースによる2ndアルバムまでは、エスニックの要素や生ドラムの4つ打ちキック、タムやフロアドラムをメインにしたジャングルビートを基本に置きながら、1990年当時イギリスで流行していたミュージックシーケンサー、サンプリング、ループを積極的に取り入れたミクスチャー・ロック的音楽だった。
自身もレコーディングで訪れたロンドンのエレクトロニック・ダンス・ミュージックに強い影響を受け、当時シーケンサーにOpcode Vision、KORG M1とサンプラーにAKAI S1000をメインとして作曲を行っていた。
ガラパゴスは3枚のオリジナル・アルバムとベスト・アルバムを発表し、1994年に解散。
解散後は狩野環とSuper EGOを結成(現在は活動休止)。声楽とノイズギターを融合させたLOAD PLANET I.Dのバンドを軸に置きながら、サウンドクリエイターとして活動開始した。
1999年からはゲーム音楽制作の仕事もするようになる。
タクミコーポレーションの開発作品を担当し、メダルゲームやシューティングゲーム「ギガウイング」が初期の担当作品となる。
以後も『マーズマトリックス』や『ナイトレイド』といったシューティングゲームを担当していった。
サウンド制作では幅広い音楽性を発揮し、ロック、テクノ、エレクトロ、アシッドジャズ、アンビエントなどクラブ系からオーケストラまでの作曲、トラック制作を一人で行っている。
その後はバンド活動に専念し、一時ゲーム音楽からは遠ざかる。
近年では、参院選をはじめとするPR動画やWeb CMのサウンドを手掛ける傍ら、再びゲーム音楽を制作するようになり、主に海外のゲームのサウンドを制作している。
2006年にHAL FROM APOLLO '69のボーカルhal、秋間経夫、ワタナベノブタカ、SHIGESONIQと共にバンド「Core-MEDALICS」の一員として活動。
2008年より秋間の結成したグラムロック・バンドRama Amoebaにベーシストとして参加[2]。
2009年、NBCユニバーサル・エンターテイメントジャパンよりRama Amoebaとしてメジャー第一弾アルバムを異例の2枚同時発売し、ヨーロッパツアーを行う[2]。
2010年、ソニーモバイルコミュニケーションズのスマートフォンXperiaSO-01Bのカメラ機能のサウンドデザインコンセプトを担当。
2012年1月25日、ガラパゴスの1stアルバム『DOWN BY LAW』が廉価盤として再発売。2月1日に発売された布袋寅泰のボックス・セット『MEMORIAL SUPER BOX』生産限定盤には、かつて布袋がラジオ番組でカバーしたガラパゴス「月の流す涙」が収録。
6月英国のゲームクリエータの開発したiphoneゲームアプリpig bulletに曲を提供。作曲家としての活動も活発に行っている。6月27日、Rama Amoebaを脱退。
2013年、イギリスで開催されたUKソングライティング・コンテストにて、上西が作曲、藤生ゆかり作詞の『Samurai Fire (Down by Law)』がコメンデッド・エントリー2012を受賞した。
2015年3月、プロデュースを担当したタグチハナ「Orb」が発売。11月、フランスのバンドDEAD SEXY Inc.のリミックス「You can make it」が発売。12月、プロデュースを担当したタグチハナ「Sound Of Swells」(2015年12月09日、NYTR-012)が発売。
2018年9月、DEAD SEXY Inc.のリミックス「Selfie Gluten Free」がレコードで発売。渋谷スターラウンジで行われたDEAD SEXY Inc.の来日公演にベースで参加。11月、コント劇団明日のアーに楽曲提供。
2021年1月、橘レイアプロデュース作品3曲が配信発売。