ガラパゴス (バンド)
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- 群馬県高崎市出身[2]
- 布袋寅泰は実兄。
- 解散後、新たにSuper EGOを結成。後に同バンドのドラマーと結婚した。山下久美子や今井美樹、相川七瀬、布袋の楽曲にもコーラスで参加している。彼女の第一子はシンガーソングライターのタグチハナであり、2015年にメジャー・デビューしている。この名前を兄の布袋寅泰はジーザス・ジョーンズのマイク・エドワーズの女児にセカンドネームとして贈った。その後離婚するも、布袋のプロデュースでデビューしたJET SETSの元ボーカルで、現在は株式会社フォーデジットの代表取締役を務める田口亮と再婚している。
- 大分県中津市出身[2]
- 解散後、狩野と共にSuper EGOで活動。同バンド休止後はアンビエントノイズバンドのLOAD PLANET I.D.としての活動を主体とする一方、カプコンのシューティングゲーム「ギガウイング」のサウンドトラック制作を行った事をきっかけに、タクミコーポレーションの作品でもゲームミュージックを制作するなどサウンドクリエイターとしての活動も開始。2005年に結成したCore-MEDALICS、2008年に結成したRama Amoebaのメンバーとしても活動した。クニイリツコの編曲や、2015年には狩野の実娘タグチハナのプロデュースも手がけた。
概要
上西泰史は上京後、同じ九州出身のメンバーとバンドを組んでおり、新宿のサウンド・ハウスというライブハウスに出演していた。狩野環はサウンド・ハウスのスタッフで働いており、狩野の作ったデモテープを上西が聴き面白いと感じたことがきっかけで結成した[2]。直後に上西と同郷の知り合いだった田中詠司が加入する[2]。ドラマー募集のために作ったデモテープでオーディションにも応募したところ合格し、ブッキング・スタッフが付いた[2]。
メジャー・デビュー以前から300人を超える動員を集め、CLUB QUATTROやCLUB CITTA'川崎などのライブハウスを中心に活動していた。
大手レコード会社からの争奪戦の末、狩野の実兄である布袋寅泰の事務所「IRc2 CORPORATION」に所属する運びとなり、東芝EMIから1990年にシングル『INDIAN BOY』でデビューを果たした。田中は「結成からデビューまでは早かった」と述べており、上西曰くメジャーデビューの時点でオリジナル曲は20ぐらいしかなかったという[2]。この年に、東芝EMI新人賞を受賞している。
1991年から1992年にかけて開催された布袋のツアー『GUITARHYTHM ACTIVE FLY INTO YOUR DREAM』にオープニング・アクトとして帯同した。また布袋はガラパゴスの楽曲『月の流す涙』を自身のラジオ番組『ミュージックスクエア』でカヴァーしている。
当初アルバム1枚で解散予定だったが、東芝EMIの思惑から以降『FLOWERS』『HONEY PIE』とオリジナル・アルバムは3枚までリリースされた。
1994年、解散。
2012年1月25日、デビュー・アルバム『DOWN BY LAW』 が廉価盤として1500円にて再発売した。また2月1日に発売された布袋のボックス・セット『MEMORIAL SUPER BOX』に、前述の『ミュージックスクエア』内で布袋がカヴァーした『月の流す涙』が収録された。
2021年10月27日にガラパゴスの全シングル・アルバムがデジタルリリースされた。