上里琢文
日本のサッカー選手
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上里 琢文(うえさと たくみ、1990年4月29日 - )は、沖縄県宮古島市(旧平良市)出身の元プロサッカー選手、ビーチサッカー選手。サッカーでのポジションはフォワード。
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| 名前 | ||||||
| 愛称 | タクミ | |||||
| カタカナ | ウエサト タクミ | |||||
| ラテン文字 | UESATO Takumi | |||||
| 基本情報 | ||||||
| 国籍 |
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| 生年月日 | 1990年4月29日(35歳) | |||||
| 出身地 | 沖縄県宮古島市(旧平良市) | |||||
| 身長 | 174cm | |||||
| 体重 | 70kg | |||||
| 選手情報 | ||||||
| 在籍チーム |
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| ポジション | FW | |||||
| 背番号 | 17 | |||||
| 利き足 | 右足 | |||||
| ユース | ||||||
| 1997-2002 |
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| 2003-2005 |
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| 2006-2008 |
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| クラブ1 | ||||||
| 年 | クラブ | 出場 | (得点) | |||
| 2009-2011 |
| 2 | (0) | |||
| 2011 |
→ | 12 | (2) | |||
| 2012-2013 |
| 21 | (2) | |||
| 2014-2016 |
| 9 | (3) | |||
| 2016-2017 |
| 14 | (15) | |||
| 2018 |
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| 2018 |
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| 2020 |
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| 通算 | 58 | (22) | ||||
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1. 国内リーグ戦に限る。 ■テンプレート(■ノート ■解説)■サッカー選手pj | ||||||
経歴
プロ入り前
父親が小学校のバスケットボール指導者だったこともあり物心ついたころから兄弟揃ってバスケットボールに熱中していたが、幼稚園に体験したサッカー教室がきっかけとなり、サッカーも始める。小学校6年生からサッカーに専念する[1]。
高校進学時には県外の強豪校からも誘いがあったものの、地元の沖縄県立宮古高等学校に進学[1]。
同校では1年時から活躍し、第61回国民体育大会に沖縄県代表として出場。県勢の初優勝に貢献する[2]。3年時には複数のクラブが獲得に動く中、2年時に練習参加をしていた京都サンガF.C.に入団[3]。
プロ入り後
高い身体能力を持つ選手[3]として期待されたが、クラブでは結果が出せず、2011年限りで退団。同年にレンタル移籍をしていたFC琉球へ完全移籍をすることになった[4]。
しかし移籍後も中々出番がなく、2013年にはベンチ外となっていた試合中に不適切なツイートを投稿したことにより、活動除外の処分を受けてしまう[4]。処分解除後も出番は限られ、シーズン終了後に契約満了となる。
退団後、海外移籍を目指し渡欧するも練習参加のクラブで内側側副靭帯を損傷し契約も出来ず帰国[5]。
帰国後は地元沖縄でアルバイトをしながら治療を続け、回復したタイミングで再度渡欧[4]。オーストリア3部・レギオナルリーガのSVアラーハイリゲンと契約[6]。
2016年、フィリピンのJPVマリキナFCに加入[7]。2018年1月、セレス・ネグロスFCに移籍[8]。しかし7月17日に契約解除。8月17日に古巣のJPVマリキナFCに復帰[9]。
ビーチサッカー時代(第一次)
サッカー選手復帰
ビーチサッカー選手復帰
2020年9月14日、東京ヴェルディビーチサッカーへの加入が発表された[11]。同クラブ移籍後は日本代表として、2021年、2024年、2025年のFIFAビーチサッカーワールドカップに出場している[12]。
所属クラブ
サッカー
- ユース経歴
- 1997年 - 2002年 宮古南FC
- 2003年 - 2005年 宮古島市立北中学校
- 2006年 - 2008年 沖縄県立宮古高等学校
- プロ経歴
ビーチサッカー
- 2019年
琉球エリスリナ - 2020年 -
東京ヴェルディビーチサッカー