下の月駅 From Wikipedia, the free encyclopedia 所在地 北海道江別市東野幌北緯43度4分31.4秒 東経141度34分52.5秒 / 北緯43.075389度 東経141.581250度 / 43.075389; 141.581250座標: 北緯43度4分31.4秒 東経141度34分52.5秒 / 北緯43.075389度 東経141.581250度 / 43.075389; 141.581250[注釈 1]所属事業者 夕張鉄道所属路線 夕張鉄道線キロ程 6.0 km(野幌起点)下の月駅 しものつき Shimonotsuki ◄上江別 (3.6 km) (2.6 km) 晩翠► 所在地 北海道江別市東野幌北緯43度4分31.4秒 東経141度34分52.5秒 / 北緯43.075389度 東経141.581250度 / 43.075389; 141.581250座標: 北緯43度4分31.4秒 東経141度34分52.5秒 / 北緯43.075389度 東経141.581250度 / 43.075389; 141.581250[注釈 1]所属事業者 夕張鉄道所属路線 夕張鉄道線キロ程 6.0 km(野幌起点)駅構造 地上駅ホーム 1面1線開業年月日 1959年(昭和34年)4月1日廃止年月日 1974年(昭和49年)10月1日備考 夕張鉄道線の合理化に伴い廃駅テンプレートを表示 1976年撮影、廃線1年後廃駅2年後の下の月駅跡、周囲500 m範囲。駅は写真中央の、集落から少し離れた位置に設置されていた。道路側に待合室がまだ残されている。国土地理院地図・空中写真閲覧サービス 下の月駅(しものつきえき)は、かつて北海道江別市東野幌にあった夕張鉄道の駅(廃駅)。 単式ホーム1面1線の地上駅で、無人駅だった。ホームは野幌駅に向かって右手(東側)に位置し、ホーム中央に昇降階段と並走する道路近くに待合室が設けられていた[注釈 1]。 歴史 年表 1959年(昭和34年)4月1日:開業。 1974年(昭和49年)10月1日:廃止。 駅名の由来 アイヌ語で「岬のように山が突き出ているところ」を意味するノッケが由来[1]。千歳川(江別川)の屈曲に伴い陸地が突き出している様を意味している。北越殖民社が野幌原野に農場を開設した折[2]、千歳川流域の一帯を3つに区分し、「ノッケ」に「~の月」と当て字した上で上流側(南側)から順に「上の月、中の月、下の月」と命名した[1]。 駅周辺 農家が数軒あるのみ。 夕鉄バス「下の月」停留所 隣の駅 夕張鉄道 夕張鉄道線 上江別駅 - 下の月駅 - 晩翠駅 脚注 [脚注の使い方] 注釈 1 2 外部リンク1972年測量地図及び1961年撮影の航空写真参照。 出典 1 2 江別市史 上巻 1970, p. 90. ↑ 江別市史 下巻 1970, p. 517. 参考文献 『江別市史』 上巻、1970年3月31日。 『江別市史』 下巻、1970年3月31日。 関連項目 ウィキメディア・コモンズには、下の月駅に関連するカテゴリがあります。 日本の鉄道駅一覧 廃駅 外部リンク 夕鉄バス - 夕張鉄道 国土地理院 地図・空中写真閲覧サービス 1972年(昭和47年)測量 5000分の1国土基本図 12-NC-46 国土地理院 地図・空中写真閲覧サービス 1961年撮影航空写真 MHO613A-C15-5661 本線東側に待合室とホームが認められる。 表話編歴 北海道炭礦汽船 夕張鉄道線(廃線) 野幌 北海鋼機前 上江別 下の月 晩翠 南幌 双葉 北長沼 中央農試前 栗山 角田 継立 新二岐 錦沢 平和 礦業所前 夕製前 若菜 営林署前 鹿ノ谷 末広 夕張本町 この項目は、鉄道駅に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:鉄道/PJ鉄道)。表示編集 Related Articles