鹿児島県鹿児島市出身[1][2]。父は下堂園(下堂薗茶舗)創業者の下堂薗實[1][2]。1967年3月、鹿児島県立甲南高等学校卒業[3]。1971年3月、中央大学経済学部卒業[2]。鹿児島県茶業試験場を経て[1]、1972年2月に有限会社下堂薗茶舗入社[2]。1975年2月、有限会社下堂薗茶舗専務取締役に就任[2]。初代代表取締役である實の急死により、1980年11月、有限会社下堂薗茶舗代表取締役社長(第2代)に32歳で就任[2]。主に関西以西で流通していた鹿児島茶の、関東以北への販路拡大に尽力[4]。また、国内茶業最大手の伊藤園との提携を本格化させた[2]。1991年2月、有限会社下堂薗茶舗から組織変更して株式会社下堂園を設立し、代表取締役社長に就任[2]。1990年代から、鹿児島茶のヨーロッパへの輸出や有機栽培にも取り組んだ[1][2][4]。2019年5月21日、旭日双光章受章[4]。
その他、鹿児島県茶商業協同組合理事長、鹿児島経済同友会副代表幹事、鹿児島総合卸商業団地組合副理事長、株式会社下堂園会長等を歴任した[1]。2026年1月1日午前、鹿児島市内の医療施設にて、病気のため死去(77歳没)[1]。