下戸山古墳
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位置
北緯35度0分32.08秒 東経135度59分21.12秒 / 北緯35.0089111度 東経135.9892000度座標: 北緯35度0分32.08秒 東経135度59分21.12秒 / 北緯35.0089111度 東経135.9892000度
規模
直径50m
高さ7.5m
高さ7.5m
| 下戸山古墳 | |
|---|---|
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墳丘 | |
| 所在地 | 滋賀県栗東市下戸山 |
| 位置 | 北緯35度0分32.08秒 東経135度59分21.12秒 / 北緯35.0089111度 東経135.9892000度座標: 北緯35度0分32.08秒 東経135度59分21.12秒 / 北緯35.0089111度 東経135.9892000度 |
| 形状 | 円墳(一説に前方後円墳) |
| 規模 |
直径50m 高さ7.5m |
| 埋葬施設 | 不明 |
| 出土品 | 埴輪・土師器 |
| 築造時期 | 4世紀末-5世紀初頭 |
| 史跡 | 栗東市指定史跡「下戸山古墳」 |
| 地図 | |
古墳の位置
滋賀県南部、金勝山地から派生した丘陵上に築造された古墳である[1]。現在までに墳丘周囲は墓地化しているほか、測量調査・発掘調査が実施されている[1]。
墳形は円形で、直径約50メートル・高さ7.5メートルを測る(ただし西側に前方部を持つ前方後円墳の可能性が残る)[1]。墳丘外表では葺石(角礫状石材)・埴輪(壺形または朝顔形埴輪)が確認されている[1]。また墳丘南側では周濠が巡らされ(全周するかは不明)、周濠内からは土師器が出土している[1]。埋葬施設は明らかでないが、かつて墳頂部が大きく陥没していたため、盗掘に遭っていると推測される[1]。
築造時期は、古墳時代中期の4世紀末-5世紀初頭頃の築造と推定される[1]。北谷11号墳(草津市山寺町)に後続し、地山古墳(栗東市岡)に先行する時期と想定され、野洲川左岸地域の首長墓群の1つに位置づけられる[1][2]。具体的な被葬者は明らかでないが、同丘陵上には小槻大社(延喜式内社)があり、本古墳含む一連の首長墓群と古代豪族の小槻山君一族との関連性を指摘する説が挙げられている[3][4]。
遺跡歴
文化財
栗東市指定文化財
- 史跡
- 下戸山古墳 - 1999年(平成11年)3月3日指定[5]。
