丘珠町

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丘珠町
丘珠空港
丘珠空港
丘珠町の位置(札幌市内)
丘珠町
丘珠町
丘珠町の位置
北緯43度06分55.99秒 東経141度23分46.12秒 / 北緯43.1155528度 東経141.3961444度 / 43.1155528; 141.3961444
日本の旗 日本
都道府県 北海道
市町村 札幌市
行政区 東区
人口
2017年(平成29年)1月1日現在[1]
  合計 1,113人
等時帯 UTC+9 (日本標準時)
郵便番号
007-0880
市外局番 011[2]
ナンバープレート 札幌
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さとらんどセンター

丘珠町(おかだまちょう)は、北海道札幌市東区にある地名である。

地名の由来

男が刀を散らばした処

永田方正の『北海道蝦夷地名解』によれば、丘珠の旧名はアイヌ語カイ・タ・チャラパ (okkai tam charapa) といい、日本語訳を「男の刀を落としたる処」としている[4]。この前半部分から「オカタマ」という地名が採られた[4]

旧名後半の「チャラパ」に関して、山田秀三は『アイヌ語地名の研究』の中で「『撒く、撒き散らす』ということだそうで、何だか意味が続かない。何か特別の伝承でもあった地名であろう」と述べている[4]。アイヌ語研究者の切替英雄もまた、単に「落とす」ならば「ハチレ」という語があると指摘し、旧名の正確な意味は「男が刀を散らばす」であると語っている[4]

なお、昭和初期に岡島伊三郎が伏籠川東岸のタマネギ畑で農作業中、土中から2振りの赤さびた刀を発見した[5]。長さはそれぞれ45センチメートルと、38センチメートル[5]。「いわくのあるものかもしれない」と考えた岡島は、刀を自宅の神棚のそばに保管し、やがて札幌村郷土記念館ができたとき、息子に言って寄贈させた[5]。この2振りは、地名にまつわる出土品として同記念館で展示されている[5]

オカタマからオカダマへ

1870年(明治3年)、酒田県からの入植者によって一帯の開拓が始まったとき、開拓使が集落に付けた名称は庚午二ノ村であった[5]庚午(かのえうま)の年にできた、2番目の村という意味である。翌1871年(明治4年)の5月に、丘珠村と改称されたが、『細大日記』に記載された読み方は「ヲカタマ」であり、濁音は入っていない[6]。60年以上経った1937年(昭和12年)の大字廃止に関する公文書でも、やはり「オカタマ」となっている[7]

それが、札幌飛行場(丘珠空港)の建設工事が始まって、外部から多くの人が出入りするようになると、「オカタマ」より発音しやすい「オカダマ」の読み方が広まってきた[7]。決定的だったのは1945年(昭和20年)の敗戦で、飛行場に進駐してきたアメリカ軍が地図や標識を作成したとき、表記はすべて "OKADAMA" とされた[7]。以後はいつしか地元の人まで「オカダマ」と呼ぶようになった[7]

1955年(昭和30年)に札幌村が札幌市に合併される際、上記の経緯を追認する形で「オカダマ」という濁音入りの表記をもって公示がなされた[7]

地理

札幌市の北東部に位置し、市の中心部から丘珠町の南端までは直線距離で4600メートルほど、町の北部まで含めても札幌市の6キロ圏内にある[8]

北は北区篠路町上篠路と接し、また市街地化区域は北丘珠として切り分けられている。西は栄町、南は元町伏古東苗穂、東は中沼町と隣接する[8]

地域の西部を伏籠川が北へ流れ、東部にはかつて伏籠川と結んでいた川跡が馬蹄型に残ってモエレ沼と呼ばれている[9]

交通

札幌飛行場の空中写真(2020年)
国土交通省 国土画像情報(カラー空中写真)(現・地図・空中写真閲覧サービス)の空中写真を基に作成

鉄道

道路

空港

教育

高等学校

中学校

小学校

脚注

参考文献

外部リンク

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