丘珠町
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地名の由来
男が刀を散らばした処
永田方正の『北海道蝦夷地名解』によれば、丘珠の旧名はアイヌ語でオクカイ・タム・チャラパ (okkai tam charapa) といい、日本語訳を「男の刀を落としたる処」としている[4]。この前半部分から「オカタマ」という地名が採られた[4]。
旧名後半の「チャラパ」に関して、山田秀三は『アイヌ語地名の研究』の中で「『撒く、撒き散らす』ということだそうで、何だか意味が続かない。何か特別の伝承でもあった地名であろう」と述べている[4]。アイヌ語研究者の切替英雄もまた、単に「落とす」ならば「ハチレ」という語があると指摘し、旧名の正確な意味は「男が刀を散らばす」であると語っている[4]。
なお、昭和初期に岡島伊三郎が伏籠川東岸のタマネギ畑で農作業中、土中から2振りの赤さびた刀を発見した[5]。長さはそれぞれ45センチメートルと、38センチメートル[5]。「いわくのあるものかもしれない」と考えた岡島は、刀を自宅の神棚のそばに保管し、やがて札幌村郷土記念館ができたとき、息子に言って寄贈させた[5]。この2振りは、地名にまつわる出土品として同記念館で展示されている[5]。
オカタマからオカダマへ
1870年(明治3年)、酒田県からの入植者によって一帯の開拓が始まったとき、開拓使が集落に付けた名称は庚午二ノ村であった[5]。庚午(かのえうま)の年にできた、2番目の村という意味である。翌1871年(明治4年)の5月に、丘珠村と改称されたが、『細大日記』に記載された読み方は「ヲカタマ」であり、濁音は入っていない[6]。60年以上経った1937年(昭和12年)の大字廃止に関する公文書でも、やはり「オカタマ」となっている[7]。
それが、札幌飛行場(丘珠空港)の建設工事が始まって、外部から多くの人が出入りするようになると、「オカタマ」より発音しやすい「オカダマ」の読み方が広まってきた[7]。決定的だったのは1945年(昭和20年)の敗戦で、飛行場に進駐してきたアメリカ軍が地図や標識を作成したとき、表記はすべて "OKADAMA" とされた[7]。以後はいつしか地元の人まで「オカダマ」と呼ぶようになった[7]。
1955年(昭和30年)に札幌村が札幌市に合併される際、上記の経緯を追認する形で「オカダマ」という濁音入りの表記をもって公示がなされた[7]。

