中井久包 From Wikipedia, the free encyclopedia 時代 戦国時代生誕 不明死没 不明別名 綱家 凡例中井久包時代 戦国時代生誕 不明死没 不明別名 綱家官位 駿河守主君 尼子晴久→義久氏族 中井氏子 久家テンプレートを表示 中井 久包(なかい ひさかね)は、戦国時代の武将。尼子氏の家臣。尼子氏の筆頭家老であり、奉行衆。 出雲国の戦国大名・尼子氏に仕えた。尼子詮久(後の晴久)の守役を務めた。 天文9年(1540年)、主君・晴久が安芸国国人・毛利元就の居城である吉田郡山城へと侵攻するのに対し、久包も子・久家と共に従軍する。しかしこの戦いで大敗北し、久包自身も命からがら逃亡した。 永禄元年(1558年)、石見小笠原氏当主・小笠原長雄の守備する温湯城が毛利氏の攻撃を受けたため、晴久自ら兵を率いて出陣を決行すると、久包もこれに加わり出陣した。しかし、雨により増水した江の川を軍勢は渡れず、永禄2年(1559年)8月には長雄が降伏したため救援は失敗に終わる。 永禄6年(1563年)、毛利氏の出雲侵攻により、白鹿城・熊野城が陥落。永禄8年(1565年)、遂に月山富田城へと毛利氏が総攻撃を開始。これに対して久包は尼子義久の直属軍に属し、頑強に抵抗するが、永禄9年(1566年)に遂に月山富田城は開城し、降伏。 その後、伯耆国法勝寺にて病死した。 関連作品 『毛利元就』(1997年、NHK大河ドラマ、演:柏進) - 役名は「中井綱家」。 Related Articles