中原朝日
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筑紫工業高から九州産業大学へ進学。福岡六大学リーグでは通算28試合に登板し13勝2敗、1981年春季のリーグ戦では九州工業大戦でノーヒットノーランを達成した。
1981年のプロ野球ドラフト会議で日本ハムファイターズから2位指名を受け入団。1981年のドラフトでは日ハムの「隠れ一位候補」だった。
3年目の1984年に一軍登板を果たすが結果を残せず、1986年限りで現役を引退した。
ダイナミックなオーバースローで、踏み出す足を軸足よりも極端に三塁側へクロスさせるインステップ投法であった。この投法はボールが高めにいく傾向がありメッタ打ちにあう危険もはらんでいた。また、クイックモーションも不十分なため盗塁をフリーパスにしてしまう局面も多々あった。