信濃国木曽(長野県木曽郡)を地盤とした豪族。その出自は定かではないが、太田亮は、金刺氏後裔という説と、諏訪神党の一つという説を挙げている。
木曽中原氏に関する比較的確実な史料としては、『吾妻鑑』巻1の治承4年(1180年)9月7日条に、「中三権守兼遠」(中原氏の某の三男の(信濃国?)権守の官職にある兼遠)という人物が、源義仲の養父として、義仲が数え3歳の時に義仲を庇護して信濃国(長野県)に遁走したという記録がある。
なお、太田によれば、1936年の時点では、長野県伊那郡富県村(長野県伊那市富県)に中原氏が現存していたという。