中国中学校駅伝競走大会
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戦時下の1938年11月「軍都連絡少年駅伝」の名称で、男子の第1回大会が開かれた。当時は呉市と広島市を結ぶ29.7 kmのコースで、第26回大会までこのコースで行われた。戦局が悪化した1944年、広島市に原爆が投下された1945年は中止となったが、翌年1946年から再開した。[2]
第27回大会にコースを変更(仁方―竹原)するとともに東西の同大会を統合し、県内全域から出場することが可能になった。
第32回大会から賀茂郡(現在の東広島市)へコースを移した。当時のコースは賀茂郡西条町庁舎から賀茂郡福富町久芳を往復する34.2 kmのコースで、第36回までこのコースで行われた。第37回からは東広島市役所から賀茂郡福富町上戸野を往復する8区間26.6 kmへコースが短縮された。国道375号線を走るこのコースは「造賀のS字カーブ」など起伏と変化に富んだコースで、数多くのドラマが生まれた。
1991年には、西区商工センターを周回するコースで女子の部も始まった。当時は男女別会場で別日の開催であった。
男子第56回、女子第5回大会(1995年)から、男女同日開催になるとともに、東広島運動公園を発着するコース(男子7区間:20.1 km、女子6区間:14.6 km)へ変更した。2003年に同コースを短縮し、現在のコース(男子6区間:17.6 km、女子6区間:12.2 km)になった。
出場校
【男子の部】 例年10月に開催される各郡市の予選で代表になったチームが出場できる。
| 代表数 | 8校 | 5校 | 4校 | 3校 | 2校 | 1校 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 郡市名 | 広島市
東広島市 |
福山市
安芸郡・江田島市 |
呉市
尾道市 三原市 |
大竹・廿日市市
三次市 |
山県郡 世羅郡
安芸高田市 庄原市 豊田郡・竹原市 |
府中市
神石高原町 開催郡市 |
代表選考に漏れた中から各郡市中学校体育連盟が推薦し、主催者が認めたチームは出場できる。
推薦基準は、トラックの公式大会(陸上競技協会主催の大会・記録会など)において、6人の3000m平均タイムが9分59秒台までのチームである。
【女子の部】
例年10月に開催される各郡市の予選で代表になったチームが出場できる。
| 代表数 | 8校 | 5校 | 4校 | 3校 | 2校 | 1校 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 郡市名 | 広島市
東広島市 |
福山市
安芸郡・江田島市 |
呉市
尾道市 三原市 |
大竹・廿日市市
三次市 |
山県郡 世羅郡
安芸高田市 庄原市 豊田郡・竹原市 |
府中市
神石高原町 開催郡市 |
代表選考に漏れた中から各郡市中学校体育連盟が推薦し、主催者が認めたチームは出場できる。
推薦基準は、トラックの公式大会(陸上競技協会主催の大会・記録会など)において、5人の3000m平均タイムが11分29秒台まで、または1500m平均タイムが5分19秒台までのチームである。