中山卓也 (陸上選手)

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中山 卓也(なかやま たくや、1989年9月29日 - )は、兵庫県出身の元陸上競技選手。父はマラソンの中山竹通

 中学から陸上競技を始めた。2004年通信陸上1500m4分03秒42で神戸市中学記録を更新(16年間保持)。神戸市中学総体1500m4分4秒08、3000m8分49秒50。ともに大会記録を更新(20年間保持)。全中陸上1500m6位、3000m8位。

 2005年4月須磨学園高等学校に進学。高校進学について中山は、「全国の駅伝強豪校から入学の誘いを受けた。自分で歴史を作りたいとの思いから男子では無名の須磨学園への進学を決めた。既に敷かれたレールの上を走るより、自分でレールを敷いてみたかった。」と後に振り返っている。1年生から近畿高校総体1500mに出場。兵庫県高校駅伝4区区間賞(チームとしても報徳学園西脇工業に続く3位という成績を残した)。春の高校伊那駅伝に初出場(3区区間2位であったが15人抜きの快走で20位から5位まで順位を上げた)。

 2006年兵庫リレーカーニバル高校5000m優勝。兵庫県高校総体1500m優勝。全国高校総体1500m出場。兵庫県高校駅伝1区出走(チームとして西脇工業に続く2位となりいよいよ全国高校駅伝への希望が見え始めた)。2007年第12回全国都道府県対抗駅伝兵庫県代表(4区区間賞、兵庫県は優勝。中山はジュニアA優秀選手賞に選ばれた)。第35回世界クロカンジュニア日本代表。

 2007年全国高校総体5000m5位(日本人3位)。10000m28分48秒08で兵庫県高校記録を更新(当時の日本高校歴代6位)。

 全国高校駅伝の出場がかかった兵庫県高校駅伝では西脇工業との一騎打ちと大きな期待がかかっていた。兵庫県高校男子駅伝では1区を制したチームが優勝するというジンクスがあり、5000m日本人高校生1位の西脇工業八木対10000m兵庫県高校記録保持者の須磨学園中山の構図ができあがっていた。いざレースが始まると序盤から八木中山のハイペースに他のチームは早々に後方へ下がっていった。最後まで八木中山による接戦が繰り広げられたが、残りのスパート合戦にて八木が大きくリードし中山は12秒差で負けた。総合成績は西脇工業が2時間4分45秒(大会新記録)で優勝。須磨学園は2時間5分10秒(大会新記録)の2位でゴールし惜しくも都大路の出場は叶わなかった(高校男子駅伝各都道府県ランキングにおいても2位。他の都道府県であれば全国高校駅伝に出場できるタイムであった)。

 2008年4月早稲田大学スポーツ科学部に進学。全国高校総体にて結果を残したライバルたちも入部し大きな注目を集めた。しかし第92回日本陸上競技選手権大会5000mにて惨敗。以降不振に陥り競走部では全く活躍しなかった。

 2010年10月競走部を休部。

 2011年第1回神戸マラソン2時間24分13秒で優勝。中山が教育実習で中学校の陸上大会での審判補助をした際に関係者から出場の誘いを受けたことがきっかけであり、中山は休部して以来走ることから離れていたため大学の看板を背負う以上失敗は許されないと考えていた。後に中山は「仲間たちが活躍するなか自分だけが結果を残せないことに葛藤があった。学生がマラソンを走ることに反対意見もあったが1回くらいは活躍してみたかった。駅伝を走れず陸上も辞めることで人としてダメになってしまうのではないか考えた。このマラソンは箱根駅伝を走る仲間たちにアピールできた気持ちになれた。」と語っている。

 2012年4月実業団に入社。2015年退職。現在は神戸市内の中学校で陸上競技の指導にあたっている。

自己ベスト

主な成績

外部リンク

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