中山節夫 From Wikipedia, the free encyclopedia 中山節夫(なかやませつお、1937年7月29日[1] - )は日本の映画監督。熊本県菊池郡合志町(現合志市)出身。 1960年、多摩美術大学付属芸術学園映画科を卒業し、日活撮影所に入所。1962年よりフリーの助監督として多数の作品に携わった。その後熊本に帰郷し、1969年に映画デビュー作「あつい壁」を監督した。ハンセン病に対する根強い差別を扱い、話題になった。 2007年『新・あつい壁』を手がける。 監督作品 『あつい壁』(1970年) - 1953年(昭和28年)に熊本で起きた龍田寮事件と呼ばれた、ハンセン病への偏見と差別を告発した映画。 『青春狂詩曲』(1975年)原作は加美越生著「高校生讃歌」と服部正巳他著「高校生狂詩曲」。脚本は横田与志、監督は「あつい壁」の中山節夫、撮影は岩永勝敏がそれぞれ担当。 『兎の眼』(1979年) 『ブリキの勲章』(1981年) 『ブルートレインひとり旅』(1982年) - ブルートレインに夢を託す小学生が、単身寝台特急はやぶさに乗り込み、様々な人と触れあい不思議な体験をする。 『それぞれの旅立ち』(1985年) 『やがて…春』(1986年、にっかつ児童映画) 『風のあるぺじお』(1987年) 『先生あした晴れるかな』(1994年) 『ヘレンケラーを知っていますか』(2006年) 『新・あつい壁』(2007年) - 熊本で起きた藤本事件を題材にしている。 『野球部員、演劇の舞台に立つ!』(2018年) 脚注 ↑ 日本映画監督協会 関連項目 国立療養所菊池恵楓園 典拠管理データベース VIAF この項目は、映画監督に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:映画/PJ映画)。表示編集 Related Articles