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中島郡

日本の尾張国にあった郡 From Wikipedia, the free encyclopedia

中島郡(なかしまのこおり)は尾張国にあった郡。本項では美濃国中島郡を分割する前の歴史について述べる。

歴史

古代

中嶋郡とも書かれた。郡名は古代の地形にちなむ。

太神宮諸雑事記第一;垂仁天皇寿百卌に、次尾張国中嶋郡一宿御坐、国造進中嶋神戸、と記載され、尾張国造により、中嶋郡が中嶋神戸として、伊勢神宮領として寄進された。

927年成立の延喜式には中嶋(なかしま)郡との記載がみられる[1]。

郷

938年頃に成立した和名類聚抄に「中嶋郡」の郷として掲載されているのは以下の通り[2]。ただし読みが特定できるものについては括弧内に記載した。

  • 美和(みわ)
  • 神戸(かんべ)
  • 拜師(はやし)
  • 小塞(おせき)
  • 三宅(みやけ)
  • 茜部(あかなべ)
  • 石作(いしつくり)
  • 日野[注釈 1]
  • 川埼(かわさき)

式内社

『延喜式』神名帳に記される郡内の式内社。

さらに見る 神名帳, 比定社 ...
神名帳 比定社 集成
社名 読み 格 付記 社名 所在地 備考
尾張国中島郡 3座(大) 27座(小)
坂手神社サカテノ小(論)坂手神社愛知県一宮市佐千原
(論)日吉社愛知県稲沢市坂田町中畦
見努神社ミヌノ小
大神神社
(大神社)
オホムワノ名神大大神神社愛知県一宮市花池
波蘇伎神社ハソキノ小
針熊神社ハリクマノ小
野見神社ノミノ小(論)野見神社愛知県一宮市今伊勢町宮後
(論)浅井神社愛知県稲沢市浅井町
浅井神社アサヰノ小浅井神社愛知県稲沢市浅井町
裳咋神社モクヒノ小
太神社
(太神神社)
オホムワノ名神大大神社愛知県一宮市大和町於保
知除波夜神社チチハヤノ小
小塞神社ヲセキノ小(参)小塞神社愛知県一宮市浅井町尾関
石刀神社イハトノ小(論)石刀神社愛知県一宮市今伊勢町馬寄
(論)石刀神社愛知県一宮市浅井町黒岩
(論)八剱神社岐阜県羽島市桑原町八神
室原神社ムロハラノ小
高田波蘇伎神社タカタハソキノ小高田波蘇伎神社愛知県一宮市高田
大口神社オホクチノ小
売夫神社ヒメフノ小
真墨田神社マスミタノ名神大真清田神社愛知県一宮市真清田尾張国一宮
川曲神社カワノ小川曲神社愛知県稲沢市子生和町北屋敷
酒見神社サカミノ小酒見神社愛知県一宮市今伊勢町本神戸
浅井神社アサヰノ小
久多神社クタノ小
堤治神社ツツミハリノ小
石作神社イシツクリノ小
千野神社チノノ小
塩江神社シホエノ小
布智神社フチノ小
宗形神社ムナカタノ小宗形神社愛知県稲沢市国府宮尾張大国霊神社別宮
尾張大国霊神社-オホクニタマノ小尾張大国霊神社愛知県稲沢市国府宮尾張国総社
大御霊神社オホミタマノ小大御霊神社愛知県稲沢市国府宮尾張大国霊神社別宮
鞆江神社トモエノ小
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中世以降

1586年(天正14年)の木曽川の大洪水により、美濃国との境に流れていた木曽川が郡内のほぼ中央を流れるようになった。このため、豊臣秀吉の命により、1589年(天正17年)に新しい木曽川を尾張国と美濃国の境とし、2国にまたがる郡となった。

郡区町村編制法の施行により、明治11年(1878年)12月20日に尾張国に属する区域に愛知県中島郡、明治12年(1879年)2月18日に美濃国に属する区域に岐阜県中島郡がそれぞれ行政区画として発足した。

関連項目

先代
-----
行政区の変遷
- 1589年
次代
中島郡(尾張国)
中島郡(美濃国)

脚注

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