中川利三郎
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秋田県秋田市出身。秋田市立川尻小学校を経て秋田市商業学校(現秋田市立秋田商業高等学校)卒業。京都の紡績工場に勤務後、立正大学高等師範科卒業。
戦後は秋田市立高等学校の教師を経て、1951年に教職を辞し秋田市会議員選挙に日本社会党再建派から出馬。この時は落選するものの4年後に秋田市議となり2期務める。初出馬の際に推薦されたことから共産党との縁ができ、市議在任中の1961年12月に日本共産党に入党。1963年から秋田県議3期を経て、1972年に行われた第33回衆議院議員総選挙の秋田県第1区に、日本共産党から立候補し初当選を果たす。
その後、1976年に落選、79年に当選、80年に落選、83年に当選、86年に落選、90年に落選と計3回当選。1991年の秋田県知事選挙に日本共産党公認で立候補するも現職の佐々木喜久治に敗れる。
1997年4月22日、呼吸不全のため秋田市内の病院で死去。77歳。
文学活動
エピソード
戦歴
家族
2003年、07年の秋田県議会議員選挙(秋田市選挙区)で落選した中川猛夫は次男。
著書
- 『白は未だ白からず』(句集)風土社 1942
- 『猫の反抗』千秋時報社 1955
- 『風の足音』民衆社 1972
- 『風の大将』民衆社 1977
- 『風の肩車』秋田文化出版社 1982
- 『風鳴りやまず』(歌集)秋田文化出版社 1992