中川拓郎
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下呂市立下呂中学校、岐阜県立益田南高等学校(現:岐阜県立益田清風高等学校)、順天堂大学出身。
中学校入学と同時に陸上競技を始める。中学1年生の時から教員になりたいと思っていたため、大学は順天堂大学を志望した。インターハイの出場経験がなかったため順天堂大学からは声がかからず。監督の澤木啓祐(当時)に売り込みにいったという[1]。
大学時代
2年時まで大きな実績はなかった。第77回箱根駅伝では本人曰く、「みんな故障して自分が残っただけ。10番目の選手だった。」という状況で3区を任されることになる。順位は2つ落としたものの区間6位で繋ぎ、2年ぶりの総合優勝及び大学三大駅伝三冠を達成した[2][3]。
3年時の第78回箱根駅伝では8区で区間歴代4位の1時間04分53秒で区間賞を獲得したが、総合優勝は駒澤大学に譲った。
4年時の第79回箱根駅伝では花の2区を走る。19位で襷を受けると区間4位ながら15人を抜き、4位まで浮上した[4][5]。第50回大会で服部誠(東京農業大学)が記録した12人のごぼう抜き最多記録を29年ぶりに更新した[6]。
大学卒業後
大学卒業後はスズキ(現:スズキアスリートクラブ)に5年間所属し、全日本実業団駅伝にも出場した。
2009年からは中学校の教師を務めている。
戦績・記録
自己ベスト
- 5000m - 13分55秒94(2004年4月10日:金栗記念選抜陸上中長距離大会)
- 10000m - 28分55秒13(2006年11月26日:日本体育大学長距離競技会)
- ハーフマラソン - 1時間02分19秒(2004年3月14日:全日本実業団ハーフマラソン大会)