中村公彦 (編集者)
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経歴
東京都出身で、成蹊大学卒業。1988年から1993年までの間、『ぱふ』の編集長を務めた[2]。COMITIAの設立に携わり、1985年から2022年11月まで実行委員会代表を務める[3]。
2013年に児童ポルノ禁止法の改正案が検討されていた際は、規制対象に創作物を含めないよう当時政調会長を務めていた高市早苗に陳情した[4]。2024年にコミティア実行委員会が第28回手塚治虫文化賞特別賞を受賞した際は、浜離宮朝日ホールで開かれた贈呈式に出席し、会長としてスピーチを行った[5]。
2026年4月26日に、がんにより死去した。享年64歳[6]。生前に文学フリマの運営に助言を受けていたとして、文学フリマ事務局代表理事の松島梨恵は、追悼の言葉を発表した[7]。
2026年6月21日に、東京流通センターにて「中村公彦会長 お別れの会」が開催された。会場内企画として、中村公彦に関する作品に限定したオンリー展示即売会「コミティアN」が併催された[8]。
受賞歴
- 第17回文化庁メディア芸術祭 功労賞(2014年)[2]