中西君尾 From Wikipedia, the free encyclopedia 中西 君尾(なかにし きみお、1844年(弘化元年) - 1918年(大正7年)2月17日)は祇園の芸妓で本名はきみ。祇園一の美貌を誇った勤王芸者。 彼女は新撰組や幕末の志士らと交わした。当時、縄手通にあったお茶屋「魚品」(うおしな、後に切通しに移転し、現存せず)で高杉晋作を介して井上馨と出会い、彼が命を狙われていたとき、自分の身代わりとして鏡を渡したといわれる。案の定、井上はそれに助けられたのである。 彼女も桂小五郎、品川弥二郎らを助けたりして命を狙われ、新撰組に捕らえられた事がある。しかし、近藤勇によって助けられたことが何回もあり、一力のお座敷で会い口説かれた際「禁裏様のために尽してくださるお方でなければいや」と突っぱねている。 君尾は品川との間に子供をもうけ、その後も祇園で芸妓を続けて大正7年(1918年)に亡くなっている。「白梅でちよと一杯死出の旅」という辞世の句を残している。墓所は京都市左京区の超勝寺にある。 表話編歴 祇園甲部芸妓 新井豆爾 磯田多佳女 岩崎峰子 孝千代(安藤孝子) 加藤小ます 豊千代 中西君尾 藤本竹葉 真箏 松本佐多女 三宅小まめ モルガンお雪 山口小喜美 関連人物 井上八千代 谷崎潤一郎 長田幹彦 与謝野晶子 吉井勇 流派 井上流 行事 始業式 都をどり みやび会 祇園祭 八朔 温習会 事始め 施設 祇園甲部歌舞練場 八坂女紅場学園 一力亭(旧:万亭) カテゴリ この項目は、芸能人一般(俳優/女優・歌手・お笑い芸人・アナウンサー以外のタレントなど)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:芸能人)。表示編集 この項目は、日本の歴史に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:日本/P:歴史/P:歴史学/PJ日本史)。表示編集 Related Articles