中越幸大

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本名 サチオ・ナカゴエ・ナガハシ
Sachio Nakagoe Nagahashi
カタカナ ナカゴエ サチオ
ラテン文字 NAKAGOE Sachio
中越 幸大
名前
本名 サチオ・ナカゴエ・ナガハシ
Sachio Nakagoe Nagahashi
カタカナ ナカゴエ サチオ
ラテン文字 NAKAGOE Sachio
基本情報
国籍 パラグアイの旗 パラグアイ
生年月日 (1965-10-20) 1965年10月20日(60歳)
出身地 パラグアイの旗 パラグアイコルディエラ県カラグアタイ
身長 169 cm
体重 72 kg
選手情報
ポジション MF
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
1985-1989 パラグアイの旗 ルビオ・ニュー
1990-1992 パラグアイの旗 アトレティコ・テンベタリ
1992-1993 日本の旗 ガンバ大阪 0 (0)
1996 パラグアイの旗 プレシデンテ・アイェス
通算 0 (0)
1. 国内リーグ戦に限る。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

中越 幸大(なかごえ さちお)の日本名で知られるサチオ・ナカゴエ・ナガハシスペイン語: Sachio Nakagoe Nagahashi1965年10月20日 - )は、パラグアイ出身の元サッカー選手。パラグアイ初の日系人プロサッカー選手で、アジア系としても3人目の選手として知られる[1]。現役時代のポジションはミッドフィールダー

パラグアイコルディエラ県カラグアタイ英語版で生まれ、18歳頃にカラグアタイリーグ(主にコルディリェラノ・セントラル・デ・カラタグアイ(Cordillerano Central de Caraguatay))でサッカーを始めた [2]。1985年、クルブ・ルビオ・ニュー英語版と契約しプロ選手となる[2]。1990年、パラグアイ1部クルブ・アトレティコ・テンベタリ英語版[3][4]に移籍、チームは同年最下位となり2部に降格したが[4]、翌年も在籍した[2]

1992年に、創設されたばかりの日本プロサッカーリーグガンバ大阪に入団。ミッドフィールダーとしてプレー、1993年まで在籍した。

帰国後の1996年[2](資料によっては1994年[1])、パラグアイ1部[5][6]クルブ・プレシデンテ・アイェス英語版での1年間が最後のプロ契約となり、その後カラグアタイリーグのコルディリェラノ・セントラル・デ・カラタグアイで引退した[2]

引退後は日本で就職したが、2019年には日系人初のプロサッカー選手として認識された[2]

個人成績

出典

関連項目

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