中里信男

From Wikipedia, the free encyclopedia

生年月日 1927年7月10日
没年月日 2013年7月15日(満86歳没)
中里信男
なかさと のぶお
生年月日 1927年7月10日
出生地 日本の旗 日本 岩手県九戸郡伊保内村(現在の九戸村
没年月日 2013年7月15日(満86歳没)
死没地 日本の旗 日本 青森県八戸市
出身校 盛岡工業学校機械科[秋田鉱山専門学校(現 秋田大学)中退]
前職 青森県議会議員
称号 勲三等瑞宝章
第18-20代 八戸市長
当選回数 3回
在任期間 1989年11月17日 - 2001年11月16日
テンプレートを表示

中里 信男(なかさと のぶお、1927年7月10日 - 2013年7月15日[1])は、青森県政治家。青森県議会議員、元八戸市長で淀地区顧問。

盛岡工業学校機械科を卒業後、日本砂鉄に就職。1954年に東北建機工業所(後に東北建機工業)を設立した。1967年に八戸市議会議員に初当選し、青森県議会議員を経て1985年(昭和60年)11月の市長選で現職秋山皐二郎に敗れるも、1989年(平成元年)11月に初当選を果たす。3期務め、長期政権を築いた市長と短命に終わった市長とで繰り返す交代の例外となった。市長在任中は八戸市医師会に距離を置かれつつあった日本共産党候補のみ対抗馬として立候補していたため、八戸戦争は休戦に至った。2002年、勲三等瑞宝章受章[2]2013年7月15日に急性肺炎で死去。

政策

脚注

参考文献

Related Articles

Wikiwand AI