中院通敏 From Wikipedia, the free encyclopedia 時代 南北朝時代 - 室町時代初期生誕 不明[1]死没 不明改名 通清→通敏→正綱(法名) 凡例中院通敏時代 南北朝時代 - 室町時代初期生誕 不明[1]死没 不明改名 通清→通敏→正綱(法名)官位 正四位下参議、右中将主君 後円融天皇→後小松天皇氏族 中院家父母 父:中院通冬兄弟 通氏、通敏子 房通、中院通淳室[2]テンプレートを表示 中院 通敏(なかのいん みちとし)は、南北朝時代から室町時代初期にかけての公卿。官位は正四位下・参議、右中将。 大納言・中院通冬の二男。初名は通清。 以下、『公卿補任』、『尊卑分脈』の内容に従って記述する。 永徳元年(1381年)7月23日、参議に任ぜられる。この時、従四位上、右中将。永徳2年(1382年)8月14日、参議を辞した。至徳2年(1385年) 正四位下に昇叙か。康応元年(1389年) 名を通敏と改める。応永2年(1395年)7月6日、兄・通氏が権大納言在任のまま薨去。応永18年(1410年)出家か[3]。法名は正綱。 系譜 父:中院通冬(1315-1363) 母:不詳 妻:不詳 男子:中院房通 女子:中院通淳室 - 中院通秀の母 脚注 [脚注の使い方] ↑ 兄通氏は貞和4年/正平3年(1348年)の生まれのため、(1349年)以降。 ↑ 中院通秀の母。 ↑ 『尊卑分脈』では応永18年の出家と記されているが、『公卿補任』では応永17年に通敏の名が見えない。 参考文献 『公卿補任』(新訂増補国史大系)吉川弘文館 黒板勝美、国史大系編集会(編) 『尊卑分脈』(新訂増補国史大系)吉川弘文館 黒板勝美、国史大系編集会(編) Related Articles