丸山圭子

From Wikipedia, the free encyclopedia

生誕 (1954-05-10) 1954年5月10日(71歳)[1]
ジャンル
丸山 圭子
生誕 (1954-05-10) 1954年5月10日(71歳)[1]
出身地 日本の旗 日本埼玉県浦和市岸町[1]
ジャンル
職業 シンガーソングライター
担当楽器
活動期間 1972年 -
レーベル
配偶者 佐藤準(1978年 - 1993年)
事務所 ドリーム・ウィーバー(業務提携)[5][6]
共同作業者 ピピ&コット
公式サイト 丸山圭子公式サイト
テンプレートを表示

丸山 圭子(まるやま けいこ、1954年5月10日 - )は、日本シンガーソングライター、元大学教員。1976年の「どうぞこのまま」の大ヒットで知られる[7][8]埼玉県浦和市(合併後:さいたま市浦和区)出身[9]。ドリーム・ウィーバーと業務提携。

自宅は子供の頃に出来た南浦和駅の近くにあった[9]。両親とも教師[7]、「音楽の道に進まなかったら、大学教育学部に進学して先生になっていたと思う」と述べている[7]。二つ年上に姉の影響で、3歳からピアノを習う[7][9]。小学校高学年で浦和児童合唱団にも入る[9]。中学時にフォークソングが流行したことから、自身も友達のギターを借りジョーン・バエズから五つの赤い風船ベッツィ&クリスなどを弾き語る[9]。16歳の頃から作詞・作曲を始める。ただし当時はまだ音楽よりスポーツ中心の毎日を送っていた[9]

高校は埼玉県立浦和第一女子高等学校に入学[10]。友達3人で「サンデースプリング」というバンドを結成したが[7]、当時はフォークギターを持つだけでも問題視される時代で、職員室に呼ばれたという[9]。カバー中心で練習して、遊びでオリジナル曲を作る程度の活動だった[9]。同校の文化祭「一女祭」は、当時2万人ぐらい集まり、「五つの赤い風船」のコピーや、「赤い鳥」の「竹田の子守唄」などを歌った[7]1972年冬のニッポン放送主催「VIVA唄の市」に自作曲「しまふくろうの森」で出場し予選で入賞[7]神田共立講堂で行われた全国大会でも入賞[2][7]する。

CBSソニーエレックレコードの両方から誘いを受けたが[7][9]、当時のCBSソニーは天地真理郷ひろみなど、アイドルのイメージがあり[9]、エレックはシンガーソングライターの走り・吉田拓郎がブレイク中で[9]、周りから曲を作りながら歌っていったほうがいいとアドバイスを受け、アーティスト系の形のところに入りたいと考え、エレックに入社した[7][8][9][11]。入社した途端、吉田拓郎はCBSソニーに移籍した[8]。1972年11月、エレックよりアルバム『そっと私は』、シングル「心の中の」をリリース。アレンジは拓郎のデビューアルバム『青春の詩』のレコーディングに参加した澤田駿吾が手掛け[9]ボサノバを得意とする澤田の起用が丸山の音楽性を方向付け[9]、AOR要素を先取りしたとも評価される[11]。1973年1月から[1]2年半にわたりラジオ関東で『キョーリンヘルスフォーク・圭子のソネット』という10分間の帯番組を担当[7]、番組中で制作した120曲の音源の一部[2]は、1977年にアルバム『花紋様』としてリリース[12]された。1973年、ケメ脱退後のピピ&コットに加入[7][9][13]。ピピ&コットは海援隊と競い合わされたが、海援隊が「母に捧げるバラード」でブレイクし、取り残された気持ちがしたという[9]。スタッフが凄腕で、売れてないバンドなのにバンドで『ぎんざNOW!』(TBSテレビ)や[7][9]、『ヤング・インパルス』(テレビ神奈川)の司会を務めるなどレギュラーを5本持った[7][9]。当時の音楽メディアから美人歌手、美人シンガーなどと書かれた[9]。当時のエレックはレジェンド揃いで、スタジオ・ミュージシャンとしてエレックに出入りしていたChar伊藤薫山下達郎らにもレコーディングを手伝ってもらった[7]

ピピ&コット解散後、エレックが潰れたため、ミュージカルステーションの金子洋明の仲介で[9]キングレコードに移籍し[9]、1976年3月にアルバム『黄昏めもりい』、シングル「ひとり寝のララバイ」を同時リリース[1]。アルバム収録曲の「どうぞこのまま」が有線放送から人気に火が付き、急きょシングルカットされ同年7月にリリースされると、秋から翌年にかけての80万枚を超えるロングヒットとなった[7][9][2]。このヒットにより1970年代後半にニューミュージックと呼ばれたジャンルで、荒井由実らとともに女性シンガーソングライターの台頭を示す存在になった[2]。「どうぞこのまま」の大ヒットは22、23歳の頃だったが、自作曲のため、巨額の印税が転がり込み、六畳一間の一人暮らしから、原宿に引っ越し、母親孝行でアメリカ旅行に行き、自身と母と一台ずつ車を買った[9]。キングレコードには1978年まで所属(実質約2年間)[14]し、アルバム5タイトル(ベスト盤含む)、シングル6タイトルをリリースした。当時は“学園祭の女王”と呼ばれる[9]。1978年、音楽プロデューサー佐藤準結婚[11]。当時は売れていたため周りは真っ青になったという[9]。翌1979年7月に第一子(サトウレイ[7]を出産[15]。約一年間休養し、山口百恵や、岩崎宏美桜田淳子石野真子杏里らに作品提供[9][16]

1980年代に入ると、ビクタートーラスレコードに所属してアルバム5タイトル、シングル6タイトルをリリースした。トーラス時代の1983年には後述のようにテレビドラマの主題歌を2曲リリース[9][17][18]。子供の成長もあって1984年、浜田省吾カバーシングル「片想い」のリリースを最後に活動を休止[1]した[9]。佐藤準が浜田のアルバム制作に参加していたことと、浜田の結婚式と自身の結婚式が1日違いという縁もあり、交流があったという[9]

1993年、第二子を出産後、夫の佐藤準も猛烈に忙しい時期で関係が悪化[7][9]、調停の末離婚が成立[7]。二人の子供と3人暮らしを始める。その時期に体調が悪化、1995年、病院を受診したところ卵巣に大きな腫瘍が見つかり[19]摘出手術を受けた。結果は幸いにも「良性の卵巣嚢腫[20]だったが、1か月に及ぶ術後の入院生活のあいだに今後の2子との生活や歌手活動について考える機会となった。丸山の素性を知った入院患者でミュージシャン志望の女性から音楽の指導を乞われた[21]のがきっかけとなり、退院後は指導者としての道が開けた。個人レッスンや音楽専門学校の講師など[22]を経て、2009年から新設された、洗足学園音楽大学ロック&ポップスコースの立ち上げから関り、客員教授に就任[8][23]した。丸山は両親とも教員であり、「教育者としての遺伝子」が覚醒したのかもしれない[22]、としている。2025年3月に定年を迎え退任[24]。「丸山塾」と称する新たな個人レッスンを開始した[25]

1996年から本格的に音楽活動を再開[9][26]。1999年には、丸山と太田裕美須藤薫水越けいこによるジョイントコンサート「MAMA's MUSIC PIE」をプロデュースして同年9月に開催した(於、ON AIR EAST[26][27]。2000年代以降、アルバム制作やライブ活動も精力的にこなしている。

2009年12月31日、『第42回年忘れにっぽんの歌』(テレビ東京)に生出演。

2020年代に入り、ビクター時代のアルバム『MISS LONELY』[3]、『MORE・愛』[28]の初CD化とネット配信開始、トーラス時代のアルバム『誰かが私を愛してる~LADY-GOOD』、『XANTHIPPE』のCD化[29]、さらに、デビュー50周年記念としてキングレコード在籍中の全アルバムのネット配信開始[14]と、レコード時代の楽曲のデジタル化が相次いでいる。

丸山圭子といえばキングレコード時代の大ヒット曲「どうぞこのまま」のイメージが強かったが、近年はシティポップブームによってビクター、トーラス時代の楽曲も再評価されている[要出典]

ディスコグラフィ

シングル

発売日 規格品番 タイトル 作詞 作曲 編曲
エレックレコード
1972年11月20日 EB-1008 A 心の中の 丸山圭子
B 昨日あなたと
キングレコード
1976年3月5日 BS-8016 A ひとり寝のララバイ 丸山圭子 瀬尾一三
B RHAPSODY IN BLUE 丸山圭子 吉川忠英
1976年7月5日 GK-8004 A どうぞこのまま 丸山圭子 青木望
B Bye-bye 吉川忠英
1977年4月20日 GK-8015 A あなたにつつまれて 丸山圭子 青木望
B 紙吹雪 吉川忠英
青木望
1977年9月5日 GK-8036 A ふたりの砂時計 丸山圭子 佐藤準
B IN MY DREAMS
1977年12月5日 GK-8046 A ハニー・デート 丸山圭子 佐藤準
B シーサイド・ホテル
1978年6月20日 GK-8055 A 恋めぐり 丸山圭子 佐藤準
B ウィスキー・ボン・ボン
ビクター音楽産業 / Zen
1980年3月20日 ZEN-10 A ザ・スーパー・マジシャン 丸山圭子 佐藤準
B ミルキー・モーニング
1980年9月20日 ZEN-501 A ミス・ロンリー 丸山圭子 佐藤準
B ロックンロールを歌わせて
1981年2月20日 ZEN-505 A 愛はメッセージ なかもと拓 丸山圭子 佐藤準
B MORE 丸山圭子 佐藤準
Taurus
1983年3月5日 07TR-1028 A ガラスの森 丸山圭子 小笠原寛
B 酔いにまかせて
1983年6月20日 07TR-1042 A ラ・ムール 丸山圭子 筒美京平 小笠原寛
B 愛すればなお悲しく[注釈 1]
1984年7月20日 07TR-1071 A 片想い[注釈 2] 浜田省吾 佐藤準
B 夢のつれづれ 丸山圭子 小笠原寛
KAZE LABEL[31]
2011年10月25日[32] (CD)[注釈 3] A Sometime Somewhere〜いつかどこかで〜 丸山圭子 丸山圭子
Ray Sato
B 足跡

アルバム

オリジナルアルバム

発売日 アルバム 規格 規格品番 備考
エレックレコード
1972年11月1日 そっと私は LP ELEC-2014
1994年6月17日 CD FLCF-3516 フォーライフ・レコードより再発
2006年4月26日 CD(紙ジャケ) VPCC-84545 バップより再発
2013年10月23日 CD WPCL-11558 2013年デジタルリマスター盤
ワーナーミュージック・ジャパンより再発
キングレコード
1976年3月5日 黄昏めもりい LP SKD-1036
1978年 LP SKA-1020
1994年2月5日 CD KICS-8001
2002年9月4日 CD KICX-7110 ボーナス・トラック
2012年2月22日 CD(紙ジャケ) KICS-91750 2012年デジタルリマスター盤
1977年3月5日 春しぐれ LP SKA-1001
2012年2月22日 CD(紙ジャケ) KICS-91751 2012年デジタルリマスター盤
ボーナス・トラック入
1977年12月5日 MY POINT OF VIEW LP SKA-1019
2012年2月22日 CD(紙ジャケ) KICS-91752 2012年デジタルリマスター盤
ボーナス・トラック入
1978年6月21日 裸足で誘って LP SKS-1010
1994年2月5日 CD KICS-8002
2012年2月22日 CD(紙ジャケ) KICS-91753 2012年デジタルリマスター盤
ビクター音楽産業 / Zen
1980年3月20日 やさしさの香り LP ZEN-1013
1980年10月5日 MISS LONELY LP ZEN-5002
2021年6月23日 CD VICL-65532
1981年3月20日 MORE・愛 LP ZEN-5004
2021年10月20日 CD VICL-65609
Taurus
1983年3月5日 誰かが私を愛してる〜LADY GOOD LP 28TR-2016
1995年4月26日 CD TACX-2449
2022年8月31日 CD UPCY-90107 ユニバーサル ミュージックより再発
1983年7月5日 XANTHIPPE LP 28TR-2026
2022年8月31日 CD UPCY-90108 ユニバーサル ミュージックより再発
プライエイド
2001年5月23日 ただひとりのあなたへ CD WECM-2004
ポニーキャニオン
2009年2月18日 Inside My Love CD PCCA-02860
SPACE SHOWER MUSIC
2015年9月2日 傍らの愛 CD XQGF-1008
2018年2月21日 レトロモダン〜誘い CD XQGF-1010
  
2022年9月25日 On Your Side~Love Piano Songs CD KM-0001

カバー・アルバム

発売日 アルバム レーベル 規格 規格品番
2014年1月29日 COVERS BEST 〜Now & Then〜 ワーナーミュージック・ジャパン CD WPCL-11702

ベスト・アルバム

発売日 アルバム レーベル 規格 規格品番
1977年11月25日[12][注釈 4] 花紋様 丸山圭子'73〜'74[注釈 5] 東宝レコード / Tam LP AX-5805
2012年7月5日[33] BRIDGE CD(紙ジャケ) BRIDGE-206
2021年6月23日 CD BT-206
1978年11月5日 KEIKO~丸山圭子ベスト・アルバム キングレコード LP SKS-1019
2012年2月22日 CD KICS-91754
1980年 ベストコレクション LP(2枚組) SKW-1025/6
1982年 どうぞこのまま[注釈 6] LP K22A-308
1987年3月21日 CD K32X-149
1985年2月1日 ヴィンテージ・ワイン Taurus CD DS160920-38
1986年10月21日 ベスト・アルバム アポロン CD BY32-19
1989年4月21日 カタログ・コレクション BEST Taurus CD TACX-2307
1992年9月30日 for your Good Days CD TACX-2371
1996年11月21日 SPECIAL 1800 CD TACX-9003
1999年4月21日 ベスト・アルバム バンダイ・ミュージックエンタテインメント CD APCA-1084
1999年11月26日 コレクション キングレコード CD KICX-7080
2001年2月21日 ベスト撰集 角川書店 / アイネットワーク CD EWCC-86021
2006年8月26日 All For Your Love 〜Live Selection 1976-2006 サウンドフォルテ CD SFJP-1004
2011年12月7日 丸山圭子 パーフェクト・ベスト キングレコード CD KICS-1729
2014年8月27日 Light Mellow 丸山圭子 CD KICS-3094

タイアップ一覧

曲名 タイアップ 収録作品
ガラスの森 MBSTBS系TVドラマ 木曜座誰かが私を愛してる』挿入歌[34] シングル「ガラスの森」
ラ・ムール フジTV平岩弓枝ドラマシリーズ湖水祭』主題歌[35] シングル「ラ・ムール」

主な提供楽曲

  • 石野真子
    • フルーツ・ベイビー(1979年、作詞・作曲)
    • シルバー・ムーン(1979年、作詞・作曲)
  • 香坂みゆき
    • FREAKY FRIDAY(1978年、作詞・作曲)
    • 恋のシーソー・ゲーム(1978年、作詞・作曲)
  • 沢田亜矢子
    • 今宵二人で(1981年、作詞)
    • 霧に濡れた朝(1981年、作詞)
  • 高田みづえ
    • マイ・オンリー・ロンリー・ボーイ(1982年、作詞)
  • 多岐川裕美
    • マリン・ラヴ・アゲイン(1983年、作詞・作曲)
    • 午前5時前に(1983年、作詞・作曲)
  • 田中好子
    • 誘ってLOVER BOY(1984年、作詞・作曲)
    • Feel My Love Inside(1984年、作詞・作曲)
  • 由紀さおり
    • シングル・ナイト(1983年、作詞・作曲)
    • 琥珀色の悲しみ(1983年、作詞・作曲)

著書

*「丸山圭子の作詞作曲・自由自在」(言視舎)2020年

出演

ラジオ

書籍

脚注

関連項目

外部リンク

Related Articles

Wikiwand AI