丸山忠綱 From Wikipedia, the free encyclopedia 丸山 忠綱(まるやま ただつな 1917年7月8日 [1] – 1971年5月8日[2])は、日本の歴史学者。 長野県生まれ[1]。1935年県立長野中学卒業[1]、1938年旧制第二高等学校を卒業し[3]、東京帝国大学文学部国史学科に入学[4]。中村孝也に師事し[5]、1941年に卒業[6]。「宮座ノ研究」を研究課題とし、同大学大学院に進学[7]。1948年に法政大学教授となる[8]。 宮座の研究の他、古代史では三世一身の法、墾田永年私財法、家人・奴婢の研究に取り組み、また戦時下の空襲で自宅を失った東京のホームレスや戦災孤児の姿を見て、近世史では加役方人足寄場の研究も行った[5]。 参考文献 芥川竜男、安岡昭男、藤本孝一「丸山忠綱先生追悼」『法政史学』第24号、法政大学史学会、1972年、85-87頁、全国書誌番号:00021889。 署名なし「丸山忠綱先生略年譜」『法政史学』第24号、法政大学史学会、1972年、87-88頁。 藤本孝一「丸山忠綱氏の訃」『日本歴史』第278号、吉川弘文館、1971年、150頁、全国書誌番号:00019153。 法政大学 編『法政大学八十年史』法政大学、1961年、447頁。全国書誌番号:77100007。 脚注 1 2 3 署名なし 1972 ↑ 藤本孝一 1971 ↑ 第二高等学校 編『第二高等学校一覧 自昭和13年至昭和14年』第二高等学校、1938年6月25日、129頁。NDLJP:1278258/70。 ↑ 『東京帝国大学一覧 昭和13年度』東京帝国大学、1938年8月31日、478頁。NDLJP:1446288/247。 1 2 芥川竜男, 安岡昭男 & 藤本孝一 1972 ↑ 『東京帝国大学一覧 昭和16年』東京帝国大学、1941年12月25日、612頁。NDLJP:1451090/318。 ↑ 『東京帝国大学一覧 昭和16年』東京帝国大学、1941年12月25日、512頁。NDLJP:1451090/268。 ↑ 法政大学 1961 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:人物伝/PJ:人物伝)。表示編集 Related Articles