丸池 (静岡県)
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歴史
元亀3年(1572年)付けで発給された朱印状に、築堤についての記述が見られる。戦国時代であった当時、この地を治めていた戦国大名・後北条氏が発給したもので、丸池の建設に関する記述であるとされる[1]。現在の三島市・楽寿園にある小浜池からも千貫樋を通して水を引いた[4]。
文政年間(江戸時代)、丸池で大きな水争いが勃発した。玉川村の高田氏が丸池に水車を設置し、水を境川に引水。これにより水田が荒廃したとして、周辺6か村は玉川村と対立した。戸田村の名主・安右衛門と、湯川村の名主・清兵衛の2人が6村の総代表として江戸の奉行所へ訴え出たものの敗訴、獄死するという結果に終わった。この問題は1873年(明治6年)に和解し、丸池は晴れて7か村共有の財産となった。村民らは安右衛門・清兵衛の名を後世に伝えるため、建立した神社に2人の名をとって古安神社・平清神社と命名し、2人を祀った[3][4]。