丹哥府志 From Wikipedia, the free encyclopedia 『丹哥府志』(たんかふし)は、江戸時代後期に編纂された丹後国の地誌。 宝暦13年(1763年)から天保12年(1841年)にかけて、宮津藩の儒者・小林玄章(こばやし げんしょう)とその子の之保、孫の之原が3代にわたって編纂した地誌である[1]。 原本は昭和2年(1927年)の北丹後地震でほとんどが焼失したが、網野町郷の立野家に伝わった竹野郡の部のみが残存し、京丹後市の文化財に指定されている[2]。 昭和13年(1938年)の『丹後郷土史料集』第1輯と[3]、昭和47年(1972年)の『丹後史料叢書』第6輯にそれぞれ活字翻刻されている[4]。 出典 [脚注の使い方] ↑ 小林玄章、小林之保、小林之原『丹哥府志』1763-1841年。 ↑ 丹哥府志の原本 - 京丹後市、2021年2月11日閲覧。 ↑ 木下微風 編『丹後郷土史料集』 第1輯、竜灯社出版部、1938年。 ↑ 『丹後史料叢書』 第6輯、丹後史料叢書刊行会、1972年。 関連項目 太鼓山 朝間の滝 馬立島 琴引浜 離湖 外部リンク 丹哥府志の原本 - 京丹後市 Related Articles